中学、高校時代の校友会雑誌に寄稿した習作、大学時代の「映画評論」、そして未完作『獨身者』等、戦前に書かれた“青春の軌跡"を集大成。
第7巻について 目次 資料
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福永武彦電子全集第7巻について
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第7巻 戦前の文業(散文)、大河小説『獨身者』
小学2年生の新聞投稿から、開成中学・一高時代に校友会雑誌に寄稿した小文や小説、帝國大学時代の映画評論、そして翻訳や未完長篇『獨身者』まで、戦前の文業(散文)を集大成した一巻。
ただし、大学卒業論文(「詩人の世界―ロオトレアモンの場合」仏文)は収録していない。卒業論文のオリジナルノートの所在は確認できなかった。『未刊行著作集』(白地社
2002)には収録されているが、掲載本文には疑問点、確認すべき点が散見される。それを確認せずにソノママ底本とすることは電子本全体の信頼を損なうことになる。
また、テキスト化に当っては、中学時代まではすべて新字・新かな文に変換する。高等学校時代の小説は旧字・旧かな文と新字・新かな変換文を併載し、評論・小文は新字・新かな変換文のみを掲載する。翻訳はすべて新字・新かな変換文のみ掲載する。
Ⅰ.中学・一高時代
東京開成中学校と第一高等学校の「校友会雑誌」に掲載された小説、評論、小文、翻訳のうち、第一巻収録以外の散文を収録する。
1935年春、一高2年生となった福永は、弓術部下級生来嶋就信と知り合い、夏にかけて急速に親しくなり、烈しい恋心を燃やし積極的にアプローチするのだが相手に拒まれ、秋風の立つ頃には破綻してしまう。その直後に憑かれたように書き記された作品「ひととせ」を皮切りに、福永は旺盛な創作活動を開始する。それは、中学校までの創作とは異なった、自身の生を賭した烈しい情熱に貫かれた作品群である。
Ⅱ.「映画評論」
映画評論は、1937年から1940年にかけて、主に雑誌「映画評論」に掲載された。浪人・大学時代である。1939年5月号以降は、北原行也のペンネームを用いている。フランス映画への言及が最も多く、デュヴィヴィエやフェーデ等の作品を、主として「藝術的か否か(詩情を湛えているか否か)」、「映画でしか表現できない見せ所があるか否か」の視点より歯切れよく論評している。
Ⅲ.『独身者』
長篇『小説風土』の執筆が頓挫している間に構想された小説『獨身者』は、充分な準備を経た上で書き始められた。「一九四〇年前後の青年達を鳥瞰的に描いて愛と死と運命とを歌ふ」筈であったが、生活上の変転と身体不調のために第11章までで未完に終った。長く著者の手許に留め置かれたが、1975年、執筆後31年にして限定本として刊行された。当巻では、その限定本の旧字・旧かな文と新字・新かな変換文を併載する。
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目次 ◎は単行本・新潮版全集未収録作品 |