第4巻 実験の継続、『心の中を流れる河』、『世界の終り』、そして『夢の輪』。
Ⅰ.『心の中を流れる河』、『世界の終り』
職業作家として自立し、註文に応じて創作された中・短篇の数々。その作品は、筋やキャラクターなど所謂内容を本質とするのではなく、喚起的文章により読者の想像力を刺戟し、現実とは別の世界を創造する象徴主義小説であり、詩篇のような味わいを持つ。
後に限定本として一篇のみで刊行することになる『夢みる少年の昼と夜』、SF的色彩を加えて一読娯楽小説と見紛う「未来都市」、そして古典『今昔物語』を題材とした「鬼」など、多様な主題を追求した作品群であるが、どれも意識の深層に横たわる魂の亀裂、生の揺らぎを凝視した小説世界である。また「心の中を流れる河」は、同じ登場人物と場所を設定し、後に長篇『夢の輪』として展開される。
Ⅱ.『夢の輪』
中篇「心の中を流れる河」を換骨奪胎し、ロマンとして構想された未完の作品。
当巻の附録Ⅸに掲載した「夢と現実」という題を持つ結局書かれなかった長篇小説の構想ノートを見ると、各章ごとに人物名が附いていることや、その人物が志波英太郎、沢村梢、梶田信治、梶田鶴子などであることから、この「夢と現実」が、『夢の輪』の原型だったろうと判断できる。
この創作ノートの書かれた年月は1951年7月である。清瀬の東京療養所入所中であり、ちょうど処女長篇『小説風土』が完成した直後に当る。つまり、『小説風土』の次に書くべきロマンとして、『死の島』などと並んでこの「夢と現実」というロマンが構想されていた。
その創作ノートを元に、1956年に中篇「心の中を流れる河」が書かれたのだが、「どうしてももっとたくさん書きたいので、それを解体して、つまり『心の中を流れる河』を消してしまって、その代り新しく同じ人物を使って別の作品を書くという発想のもとに書き出した」(『福永武彦対談集 小説の愉しみ』収録の清水徹との対談)作品がこの『夢の輪』である。
附録として「夢みる少年の昼と夜」・「鏡の中の少女」・「心の中を流れる河」・「夜の寂しい顔」・「死後」・「影の部分」の本文主要異同表と、「夢みる少年の昼と夜」・「一時間の航海」・「心の中を流れる河」・「未来都市」・「夢の輪」・「夢と現実」各作品の創作ノートを収録する。
|