『古事記』『今昔物語』等の現代語訳版に加え、王朝エンターテインメント小説『風のかたみ』を含む“古代ロマン"に満ちた一巻。
第13巻について 目次 資料
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福永武彦電子全集第13巻について
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第13巻 『風のかたみ』、古典文学の継承
Ⅰ.『風のかたみ』
王朝小説『風のかたみ』(1968.6)は、まず何よりも「筋と人物(キャラクター)と謎」を本質的要素とする「物語」である。一般的意味で面白く、読者の評判も良い。言葉ひとつひとつが担う役割り、重さが、他の長篇小説(『小説風土』、『草の花』、『忘却の河』、『海市』、『死の島』)とは異なる。文章ソノモノはあくまで内容を読者に伝える道具に過ぎない。文章ソノモノを本質的要素とする象徴主義的長篇小説に於いても「謎」は大切な要素だが、それは文章に刺激をうけた読者が自らの幻想世界を幻出するための切っ掛けであるのに対し、「物語」における謎は、その作品の内部に読者の興味を惹き付けるための謎である。
『風のかたみ』を理解するに当っては、このように他の長篇小説とは出来具合い(或は役割)が異なるという点を見極めることが重要であり、「今昔物語」を下敷きにしているという点は本質的な問題ではない。ここでは、ストーリーテラーとしての小説家福永の力量が存分に発揮されている。読者はただ、次郎や萩姫、楓や不動丸の人物に感情移入しながら、その波乱万丈のストーリーとキャラクターを愉しめばよい。
Ⅱ.『古事記物語』
少年用にリライトされたこの『古事記物語』(1957.12)は、前年10月に河出書房より『古事記』現代語訳を刊行した余禄と言える。
この作品の特色のひとつは、原文に挿入されている112の歌謡の内、100の歌謡を詩に書き換えて収録している点である。原歌の書き換えとは言え、このような詩100篇を含むこの『古事記物語』は、オリジナルな価値を持つ。福永は、歌謡を自らの詩に書き換えることに熱意を籠めたに違いない。
同時に、日本文学の源流たる壮大な叙事詩を、年若い読者のために易しく、しかし程度は落とさずに書き改めたその本文は、伸びやかで明るい。
Ⅲ.現代語訳『古事記』
福永が「古事記」現代語訳を引き受けたのは、そこに古代日本人の美しさが生き生きと残っていることに加え、叙事的本文の簡潔で歯切れのよい古代日本語、特にその間に挿入された多くの歌謡(抒情詩)に惹かれたからに違いない。歌謡に宿る古代人の言霊に、詩人としての心が感応したのであろう。
つまり、集中の歌謡を自ら愛誦してその調べに浸ることにより、古代日本人の心性や情調を感得し、私たちとは異なった世界観で生きていた、古代の人々の清き明き心を体感するという体験があったからこそ「古事記」に惹かれ、全体を現代語にするという手間のかかる仕事を引き受けたのだろう。本文を訳すにあたっては、原文のリズムを壊さぬために過剰な敬語使用を避けた点が(当時として独自の)着眼点である。
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