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電子全集の収録方針と特色 三坂 剛
<象徴主義小説>
 福永の小説は、丹念に磨きこまれた言葉によって緊密に組立てられた、ひとつの自足したイデーの結晶体であり、その水晶玉のような作品を、私たち読者は一語一語虚心坦懐に繰り返して丁寧に味わい、言葉をひとつひとつ、その響を含めて心に映し出すことで、日常とは別次元の世界が幻出され、カタルシスを覚える作品である。所謂、象徴主義小説――言葉による連想、隠喩、象徴、その音調を通し、内面的な観念や情調を暗示しようとする小説――と言える。
 その種の小説に於いては、文章ソノモノが本質的要素となる。筋に奇を衒わず、特異なキャラクターも登場しない。喚起的文章を以て読者に人生の本質的一断面を追体験させ、想像力を刺激して別様の世界を垣間見させることを目的として書かれる。従って、言葉ひとつひとつが担う役割りが、世の多くの小説とはまったく異なり、極めて重い。

<版ごとの細かな手入れ>

 そのような種類の小説ゆえに、福永は一度書き終えた作品でも新たな版を起こす度に、細かな手入れを繰り返して施した。初出紙誌→初刊版→新版→文庫版→全小説版、そして全小説以降に刊行された限定版や文庫版(『死の島』、『夢みる少年の昼と夜』、『未来都市』)と、生前にその手入れが留まることはなかった。つまり、機会があればどの作品にも必ず手入れを続けていたので、絶えず細部が変化して流動しており、本文が確定したことはなく、作品内に揺らぎを含んでいた。この点を見落とさないようにしたい。
新たな手入れを施し続けたのは、言葉を更に磨き上げて読者の想像力を一層誘うためであり、その手入れの特徴は、大掛かりな修正よりも、むしろ小さな箇所に現れている。
 版毎の小さな多くの異同箇所に注目することによってこそ、福永作品はその魅力を開示してくる。それらの手入れ箇所にこそ、高校時代以来の――特に押韻定型詩の――詩作体験から得られた福永のコトバに対する厳しい拘りが露呈しているからだ。
文体を決定し、その味わいを大きく左右しているのは、小さな異同の「積み重ね」である。読者は、ひとつひとつの小さな手入れを漫然と読み過しているようで、実は微妙に違った文章の「積み重なり」から受け取る作品の味わい(幻像)は大きく変ってくる。つまり、読者が想像力を働かせることにより幻出する別次元の世界の姿は、この「小さな違いの重なり」によって大きく異なってくる。

<福永作品の醍醐味>
 上記の点(象徴主義小説であること、新版毎に手入れを繰り返していたこと)から、福永作品に対しては、各版を丁寧に繰り返し読み込むことが求められる。決定版の筋・人物だけを味わう、解釈するのではまったく不十分であり、各版毎の――筋や展開を離れて――本文ソノモノを一語一語じっくりと味わうことが福永作品を読む醍醐味であり、自ずから立ち現れて来る幻像を捉え、心に刻み込むことが解釈の前提となる。

大略以上のような作品を収録するに際して、本電子全集に於いては以下の方針を採った。

Ⅰ.収録方針 *漢字やかな使いは、底本通りとする。
ⅰ.〈小説〉初刊版本文と決定版本文の2種を原則掲載する。
[長篇]:『小説風土』・『草の花・』『死の島』・『獨身者』・『夢の輪』は、各々の成立過程を勘案し、個別に収録の版を選択する。収録作品とその根拠は各巻解題を参照されたい。
[短篇]:各篇とも初刊版本文と決定版本文の2種を掲載するが、「鏡の中の少女」と「夢みる少年の昼と夜」は各々3種の本文を掲載する。また「未来都市」は、①初刊版(1959.6『世界の終り』)と ②新潮社全集版(1987.7 決定版ではない)の2種を採る。その根拠は、各々の解題を参照されたい。

ⅱ.〈評論、随筆、短文、そして散文訳(『古事記』他の日本現代語訳含)〉
原則として初刊本より掲載する。原文が旧かな・旧字の場合も、ソノママ掲載する。

ⅲ.〈詩〉
原則として、①自筆草稿、 ②初出紙誌、 ③詩集『ある青春』(1948.7)、 ④『福永武彦詩集』(1966.5)の4種を掲載する。詩篇により①或いは②が無き場合は、2種或いは3種を掲載する。『櫟の木に寄せて』(1976.9)は初出雑誌と初刊限定版より掲載する。

ⅳ.〈訳詩〉
①初出紙誌、 ②『ある青春』附録、 ③『ボードレール全集』(福永武彦個人編輯 1963.5‐1964.6)、④『象牙集』(1965.7)、 ⑤新版『象牙集』(1979.3)その他より、数種類を適宜掲載する。詩篇とその翻訳に於いては、原則旧字・旧かなとする。

ⅴ.〈短歌・俳句・漢詩〉
①『夢百首・雜百首』(1977.4)より採り、作品によって ②自筆草稿、 ③初出雑誌より適宜掲載する。

ⅵ. 印譜集『我思古人』(1975.6)、『堀辰雄「菜穂子」創作ノオト及び覺書』(1978.8)等編纂本の訳・解説なども掲載する。ただし、『マルドオロルの歌・畫集』(1941.6)は、編集費の都合で割愛せざるを得なかった。

ⅶ.〈単行本・全集等に未収録文〉
原稿や掲載紙誌を底本とし、原文が旧かな・旧字の場合も原則ソノママ掲載する。

以下、巻末の「解題」・「書誌」・「附録」の特色を記載しておく。

Ⅱ. 解題について
 解題の特色を一言で纏めるならば、「福永の日常と著作に関する正確な情報の提供、そして稀覯資料の提供と読解」を第一とする。
小説や詩篇では、各篇毎に ① 当該作品の初出紙誌、② 収録の単行本、文庫本を列挙し、更に、③作品執筆の年月(日)や ④ その前後の日常生活などを、未発表の日記や創作ノートを基に簡潔に記述する。また作品により、⑤[本文照合より]として、各版の異同を明示、説明する。更に、⑥ 各巻毎に可能な限り稀覯資料の画像とその翻刻文を収録している。総じて、作品解釈の拠って立つべき事実の提供を原則とする。
 一方、作品により、⑦[焦点]として、編者の意見を大胆に提出し、読者の読解のための視点を明示している。ここに記すことは、作品解釈ではなく、福永作品(小説だけでなく、随筆やエッセイなど)の特質を論じ、或いは作品研究のあるべき姿を提案する。
編者の意見として内面の声を交え、あえて癖論の誹りを受けることも辞さない。当否の判断は、読者に委ねられる。丁寧に一読されることを望みたい。  

Ⅲ. 書誌について
 全巻に、収録著訳書の書影と詳しい書誌を掲載する。書影は、表紙と奥付の2種を載せ、各著書の刊行年月日、出版社、定価、印刷所、判型、装幀、頁割り、挿画、漢字・かなの新旧を記載する。函や帯、月報なども判明している限りすべて記す。
 奥付画像をも掲載するのは、それにより記載ミスを補い、論文などで刊行年月日等を引用することが出来るようにするためである。また、帯や函などの附属物――図書館所蔵本では捨てられてしまう附属のモノ――も判明している限りすべて掲載してあるのは、愛書家でもある福永が、自らの本の造本にも心血を注いだことを具体的に示すためである。内容と装幀が渾然一体となって一つのミクロコスモスが形成される福永本の現物をすべて手に取ることは、極めて困難である。これらの画像を通して、福永本それ自体に少しでも親しみを持っていただければ幸いである。

Ⅳ. 附録について
ⅰ.本文主要異同表の掲載。各版の本文異同(手入れ跡)を確認できる。
ⅱ.未発表資料の収録。
全巻に署名本や識語本、自筆原稿、未発表構想ノートやメモの画像を収録し、巻によって自筆絵画、色紙、福永撮影の写真などの画像を多数収録している。多くは編者所有、一部に北海道立文学館所蔵資料を活用している。

電子全集各巻の概要 *別画面で開きます。
第1巻 「草の花」体験、福永武彦の出発
福永の出世作『草の花』を中心に、初めて単行本化された短篇集『塔』、学生時代に書かれた書簡など、作家・福永武彦の出発点とも言える、貴重な初期作品を完全収録
 
第2巻 『小説風土』、ロマンの創造
福永自ら処女作と呼ぶ『小説風土』を初出版から決定版まで全4種を完全収録。巻末附録「本文主要異同表」により筆者苦心の手入れ痕も確認できる。
         
第3巻 『先鋭な実験『夜の三部作』、そして『愛の試み』
“暗黒意識"を主題にした『夜の三部作』、愛と孤独の様相を正面から描いたエッセイ『愛の試み』。福永文学の精髄に迫る。
 
第4巻 実験の継続、『心の中を流れる河』、『世界の終り』、そして『夢の輪』
詩篇のような短篇集『心の中を流れる河』、『世界の終り』、未完の長篇『夢の輪』を収録。
 
第5巻 実験の展開、『廢市』、そして『告別』 
退廃的な田舎町での“青年のひと夏"を描いた「廢市」、ある大学教授の内的独白と死を描いた「告別」等、中短12篇を収録。
  
第6巻 『ボードレールの世界』、わが同類
詩人・福永武彦が、自らの芸術の鍵語である「原音楽」を引き出した“憂愁の詩人"ボードレール詩篇の分析と翻訳、解説、小伝等を収録。
 
第7巻 戦前の文業(散文)、大河小説『獨身者』
中学、高校時代の校友会雑誌に寄稿した習作、大学時代の「映画評論」、そして未完作『獨身者』等、戦前に書かれた“青春の軌跡"を集大成。
 
第8巻 外国文学評論、翻訳
敗戦直後の日本文学へ警鐘を鳴らす評論集として大きな反響を呼んだ『1946文學的考察』、大学での講義録『二十世紀小説論』など、外国文学への評論を纏めた一巻。
  
第9巻 『完全犯罪』、推理小説の領域
福永の“もうひとつの顔"「探偵小説作家・加田伶太郎」の作品を中心に、推理小説、エッセイ、翻訳作品などを収録。
  
第10巻 『ゴーギャンの世界』、彼方の美を追い求めて
ゴーギャン作「かぐわしい大地」に圧倒され、終生追い続けたゴーギャンの謎。『藝術の慰め』など藝術評論も完全網羅
 
第11巻 近・現代日本文学評論
日本の近現代文学について、作家の目線から「文学作品」として生み出された評論文の数々。「群像」での創作合評も見逃せない。
  
第12巻 『忘却の河』『幼年』、童話
愛の挫折と不在に悩む家族5人の葛藤を描いた『忘却の河』、“幼くして失った母”を通して自らのアルカジアを描いた『幼年』、童話作品等を収録。
  
第13巻 『風のかたみ』、古典文学の継承
『古事記』『今昔物語』等の現代語訳版に加え、王朝エンターテインメント小説『風のかたみ』を含む“古代ロマン"に満ちた一巻。
 
第14巻 ロマンの展開 『海市』、「後期6短篇」
過去と現在を交錯させつつ愛の様相を描いた『海市』、福永自身「小説くさい小説」と言わしめた後期を代表する短篇6篇他を収録。
  
第15巻 『別れの歌』、随筆の家としてI
師・堀辰雄との交情を記した初随筆集『別れの歌』をはじめ、『遠くのこだま』、『枕頭の書』等の随筆に、対談集『小説の愉しみ』を収録。
 
第16巻 『夢のように』、随筆の家としてⅡ
雑誌連載「十二色のクレヨン」を収録した随筆集『夢のように』や『書物の心』、最後の随筆集となった『秋風日記』を収録。
 
第17巻 『内的獨白』、『異邦の薫り』、考証と校勘。
師・堀辰雄の「父」を検証した『内的獨白』、愛書家として記した書物エッセイ集『異邦の薫り』『絵のある本』等を一同に収録。
 
第18巻 『死の島』、ロマンの完結。
福永文学の集大成・長篇『死の島』と、その原型ともいえる短篇「カロンの艀」。更に「海からの聲」、そして純粋小説以後の新たな作品たる「山のちから」を収録。
 
第19巻 詩人、福永武彦
一高在学時代の詩篇・俳句から、第一詩集『ある靑春』、「詩集」と扉に記した『福永武彦詩集』各版、そして歌集『夢百首 雜百首』まで、詩人・福永武彦の創作物を重複を厭わずすべて網羅。
  
第20巻 日記と自筆物に見る福永武彦
若き日の福永の苦悩の日々を綴った『戦後日記』『新生日記』に加え、晩年の画文集『玩草亭百花譜』と年譜等を収録した最終巻。


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