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福永武彦研究会・例会報告(1)

第34回〜第56回(1999年3月〜2001年5月)


<月例研究会要約&コメント> 第34回〜第56回
要約は基本的に発表者にやっていただいています。


第34回発表: 『独身者について』/鈴木 和子氏
 3月例会では、「独身者」について報告をいたしました。
 未完の作品とはいえ、作者自身がこの作品への言及しているものも数編あり、それなりの思い入れのある作品であるようです。
 作品の理解のために基礎となる、「後記」で述べてられている主題、「1940年前後」の時代背景と、当時の福永の状況を整理するところで時間切れとなってしまい、少し残念です。なぜ19年秋に中絶したかについて、その一つとして福永の結婚があるのではないかと思われますが、他にも活発に意見が出されました。一方的な発表ではなく、ディスカッションを交えて行きたいと考え、OHPを使うなど新しい発表方法を模索した形で、それなりの成果はあったと思っています。以後は、継続してミニ発表として報告して行きたいと考えています。

コメント: 『独身者』はもう10年以上前に読んだ作品で久しく忘れていた。この作品についての発表があるというので読み返したが、作品が長い割には最後が尻切れトンボで終わっている印象が拭えなかったが、それもそのはず、未完成の作品とのこと。キリスト教に関するやりとりが含まれており、福永の宗教的側面を考察するには読まなければならない作品なんだろうなと感じた。鈴木氏の発表はこの作品の成立とその背景について、福永の年譜を元に説明しようとするもので、後の作品(風土、幼年、草の花、死の島への萌芽が認められるとのことであった。自分は作品に対するアプローチとして作品論、それも作品そのもに直にあたるやり方で、これはすなわち作品中心に考えるやり方である。一方鈴木氏のやり方は作家を中心に置いて各作品に共通の、あるいは萌芽的な要素を見いだそうとするように思われた。作品の解釈にもたぶん両者の目が必要なのだと思われた(高野)。




第35回発表: 『草の花』試論/近藤 圭一氏
 今まで多年『風土』について色々考えてきたが、それと双子のような関係をなす『草の花』にも手を伸ばそうと思い、その一歩として私の問題意識の切り口を提出した。即ち共に戦前、戦中に構想されながら遂に完成されなかった『独身者』と、『風土』『草の花』のように完成されたものを比べ、書くことがいきることそのものであった当時の福永にとって、18年にわたる『草の花』の構想がどういう意味をもっていたかを、特にその構成上の特徴から考察した。これは所謂「試論」の段階であり、いずれ更に研究を深めて再度披露するつもりである。

コメント: 『草の花』の作品構造を以下のように分析されていた。『草の花』については思い入れが深いので、長いです(^^ゞ

 冬 →汐見A(汐見の謎を提起)

  第一の手帳 →汐見B  (第一、第二の手帳で謎を回収)
  第二の手帳 →汐見C

 春 →汐見A

 千枝子の手紙の中の汐見 →汐見D

・「冬」で提起されている汐見の謎を、第一、第二の手帳で回収している
・忍と千枝子は別々のプロットで描かれており、必ずしも兄妹である必要はない
 しかし兄妹であることで第一、第二の手帳が有機的に関係させられる
 両者に含まれる「夜光虫に関する記述」が2つのバートを結合させている
 →小説の技巧として見事である
・作品の中に時間軸的に複数の汐見(A〜D)が描かれており、複数の視点から
 汐見という人物を照らし出している

 自殺に関することについて、汐見は生死を賭ける手術をあえて選んだことで自らの人生をリセットしようとしたのではないか、つまりロシアンルーレットのようなもので、もし助かったら別の生き方が展開すると思っていたのではないかとコメントされていた。その読みの根拠は、主に手帳を「私」に渡す場面でためらいがあることである。そして、「私」が、「あれは自殺ではないか」と言っていますが、「自殺だった」と明言はしていないということ。自分が「福永武彦研究4号」に投稿した論考では、医師の診断をあえて振り切るような形で手術を望んだ点から自殺説を主張しているが、それでも「人生のリセット」説は他の方からもそれを支持する意見が出て根強いようだった。少なくとも「自殺であった」と決めつけられないのではないかということになり、「人生のリセット」を含む複数の読みが許されるのではないかとの意見が出た。しかし自分(このHP作者)は、『草の花』という作品から本当にそう読みとれるかどうかは怪しいと思っている。結局結論は出なかったが、この論争(?)を研究誌の上でやってみたらとの話も出た(笑)。結構面白いアイディアだと思うし、このHP上で仮想研究会を開くときの格好のテーマでもある気がした。
 ところで、『草の花』の前に出た小説「かにかくに」のコピーをいただいた。「かにかくに」を読むことで『草の花』の解釈によりいっそう磨きがかかるのではないかと期待している(^-^) (高野)



第36回発表: 石川淳と福永武彦 -夷齊と玩艸亭-/三坂 剛氏
 石川淳と福永武彦、それぞれ夷斎・玩艸亭なる雅号を有す。いま、夷斎については語らず。玩艸亭について見れば、『死の島』完結以後の玩艸亭の評論・随筆における文業は、新局面を打ち出している気配である。すなわち、南畝・慊堂、静山等の、江戸文人以来の考証随筆の系譜で眺めるに、玩艸亭主人の『内的独白』の考証、『異邦の薫り』の校勘、各々よくその精髄を捕らえる。意に反して、晩年塵網の中に入ることを得なかった玩艸亭主人の本領を、ここに見るべきか。而、世の研究者に和して「福永、晩年に力衰えたり」と言うを憚る。福永晩年に「力の衰え」を見る研究者の真摯な考究と反論を待つ。

参考書目:石川淳全集第14巻 筑摩書房
       石川淳選集第12巻 岩波書店
      「安吾のいる風景・荷風落日」 講談社文藝文庫
      「枕頭の書」 新潮社
      「福永武彦全集第15巻」 新潮社

コメント: 石川淳という人と福永武彦との関わりについて、石川淳の言葉や福永が述べた言葉を紹介しながらその「精神の型」について検討した発表であった。豊富な資料を駆使し、石川淳という人物のプロフィールを描き出してから福永とのつながりについて言及されていた。
 石川淳という人のことをぼくは知らなかったのであるが、自分の奥さんのことを「家来」といい、知人に言った「家来に暇を出した」イコール離婚を意味していたと、現代ではなかなかお目にかかれない人物であったように思った。福永が述べている「石川さんの魅力」の中にも「酒飲みでお人好し」とあり、なかなか豪快な人物であったようである。三坂氏は石川のタイプを「男性型」とし、自ら全てを相手にぶつけるつき合い方をする人物であると紹介する。事実「荷風落日」という、永井荷風に対する追悼文でも「ただ愚かなるものを見るのみ」と非常に苛烈である(^^;また、「三日も本を読まないと人相が変わる」という発言もあり、なかなかズバズバものを言う人のようである(ぼくにとっては、この人は会って話したら楽しいかもしれないが、つき合いが続く人かどうか??です)。
 福永武彦については、日常生活における好き嫌いが激しい点を指摘し、三坂氏は福永は石川淳の系統に属する人物であるとお考えのようである。わたしは福永の日常生活についてはあまり情報を持たないが、自分の好きな『草の花』や「風花」のイメージからは豪快な人という印象は持てず、どちらかというと神経が細くて繊細、嫌なことは避けて通るタイプかなと勝手に推測していた。だから石川淳のような人物はむしろ福永とはfitしないと思っていたのだが、実際はそんなことはなかったらしい。意外でした。。。
 石川と対談した中村真一郎の言葉の中に、石川淳は二,三流の詩人たちの文章は読んでいないとの記述があり、文章を読むのならば一流に限るという姿勢が伝わってくる。このような態度は目標とすべきであるが、それでは何が一流か、の峻別は難しいです(^^; (高野)


 


第37回発表: 『海市』 -「挿話の集積」という形式/河合 吾郎氏
 『海市』冒頭付近で私(渋)が述べている「人生というのはばらばらの挿話の集積なのだ」という思想は、一人称パートの間に三人称パートが挿入される「海市」の叙述形式と、深い関わりを感じさせる。実際、第一部、第二部における三人称パートは、様々な「過去」の出来事が、あたかも「順序もなく、その重みを量ることもなく、思い出す」かのように脈絡無く並べられ、「ばらばらの挿話の集積」という思想を体現しているように思われる。しかし一方で、第三部においては、「現在」(一人称パートで述べられている時間)の記述など、必ずしも「ばらばらの挿話の集積」という思想で捉えきれない部分がある。そして、そのような部分にこそ、この小説の魅力があると思うが、これに関してはまだ論証不足なので今後の課題としたい。

参考資料:『海市』各節の内容をまとめたもの(河合氏作成) アクセスはこちら

コメント: 作者自身の小説の方法を思わせる説明が登場人物によって語られるのは、福永の作品では他にもみられることである。河合氏は渋の言葉をヒントに作品全体を丹念に読み進め、その言葉から作品を解釈できるか検証している。そして、渋の思想に基づいて読んでいくと作品の構成上、つじつまの合わなくなっていく部分があって、渋の言葉をそのまま当てはめるには限界があるとの結論を得ている。渋の言葉に基づいた物語と、福永の物語の区別をより明確にして読んでいくことを示唆してくれた発表だった(鈴木和子)。



第38回発表: 「未来都市」を読む -「人間を超えるもの」との対決/高野 泰宏氏
 「未来都市」は福永の作品の中で数少ない(実名で出している作品では唯一の)SF的な要素を持った作品である。私は「神性放射」の存在に着目し、自然科学の現象として善/悪が機械的に区別しうる世界の中での話として読み解きを行った。この場合神性放射という物理的なentityが「存在する」との仮定を無条件で取り入れ、神性放射の存在を前提とした人間世界の様相について読み解いていったが、最後に哲学者が死に、神性放射の存在も全世界に広まることなくあくまで語り手「僕」の世界の中で終結してしまったという結論をどう捉えたら良いのか、それは「人間を超えるもの」に対して人間の意志が挑戦し、人間の意志が結局勝ってしまうという図式は「神への挑戦」だと捉えられないだろうかと考察した。神性放射の意義についての考察は、発表の場ででは必ずしもacceptableだったわけではなかった。議論の結果としては、「未来都市」はいくつかの読みを許す構造になっているのではないかと思われた。

コメント: 今回の発表において議論の焦点となったのは、未来”都市”の存在をどう捉えるかである。発表者は、語り手である「僕」の視点から未来都市を読み解くだけでなく、都市そのものの性格を決定づけている神性放射(Fulguration)が品源を超えた揺るぎない存在として峙立している点に着目しなければならないとした上で、”創られたユートピア”、”現実と非現実の二層構造”といったありがちなことばの意味への再検討を追った。しかし、本作品がきわめて趣向本位の展開をみせる作品であることも考えあわせると、部分部分に拘らず、全体的に奇想の語りものとして『未来都市』を読む可能性も見逃せないといった意見もあった(井手香理)。



第39回発表: 「退屈な少年」を読む/田中 鉄也氏
 魂の死んだ「石」と魂の自由な「風」という状態の間にあって、「退屈」な少年は、「賭」に熱中するのですが、それを今回の発表では愛するということ、生きるということに対する、自己の全存在を投企することと読んでみました。行き詰まっている4人の男女の愛や人生を見るとき、「原型」としての少年にその可能性を見ることができるのではないでしょうか。

コメント: 司会者のコメントは別に載せるということで、私もコメントを書かせてもらいます(^^ゞ
 今回の発表で一番盛り上がったのは、「風」、「石」、「退屈」や「穴」といったメタファーが何を意味しているのかということ、そして少年がする「賭」はどのような意味を持っているのかということでした。発表者は謙二の人生観「石」と「風」の間に「賭」、退屈な状態が存在するとして、それが物語の他の登場人物の愛する、生きるという行為のメタファーになっていると解釈されているように思われました。「退屈」とは自己の全存在を投企する以前の段階であり、ここから「風」への可能性について言及していることから「人生は明るい」と読みとれ、己の全存在を賭けて投企する価値があるもの〜愛すること、生きることへの可能性提示を行っているのではとの解釈を示されました。ただし譲ニがピストルを使ってロシアンルーレットを行う場面は軽いとは言えず、彼の取った行動の意味が他の登場人物、教授や早智子の描写と有機的につなげて解釈するには上記単語のメタファーの解読をもっと徹底してやならいと難しいだろうな、というのが率直な気持ちです。この作品は短編の割には登場人物の数が多く、形式的にも面白い作品だとのことですが、今回の発表をとっかかりにしてメタファーの解読を含めもう少し突っ込んだ解釈が可能なのではなかろうかと思われました(高野)。

 「退屈な少年」は昭和35年の作、福永の中期の短篇である。しかし、この作品には登場人物が5人もおり、長篇でさえ登場人物の少ない傾向をもつ福永としては全く異例である。しかも、それが中心人物の1人に、他は2人ずつの2組という人物構成になっていて、長篇を思わせる設定になっているところが注目される。田中氏はこの作品世界を今述べた人物構成の観点からだけではなく、作中で取りあつかわれる「風」と「石」の人生観や「賭」の定義といったさまざまの切り口から興味深い問題提起を試みた。司会に予定されていた鈴木氏が急病のため急遽私(近藤)が代役を勤めたが、参加者の協力を得て上記の田中氏の試みを肴に談論風発、話は更に「退屈」とはいかなるものかというところまでに及び、密度の濃い3時間の議論となった(近藤)。




第40回発表: 「冥府」試論〜福永武彦とダンテ/倉持 丘氏
 福永とダンテの関係はこれまでなされなかったと思うのでその点では新しい分野に取り組めたと思う。しかし、まだ検討しなければならない点があり、今後勉強したい。特に『神曲』の理解は大変だと感じた。

コメント: 『冥府』とダンテの『神曲』について構成を比較し、内容上の共通点と相違点を指摘しようと試み、最後に「僕」が新生するか否かを論じようとした。しかし、『神曲』全体と比較すべきか、「地獄篇」だけと比較すべきかが不明瞭であり、また、福永のダンテ関連の資料の探求不足・肝心の『冥府』についての考察不足の感を否めなかった。論点をもっと絞るべきだっただろう。『神曲』についての出席者の理解もまちまちで、このような大物を扱う際の課題を残した(三坂)。



第42回発表: 『草の花』を読む〜第1回/鈴木 和子氏
コメント: 内容は大略以下の通り。
1 この発表の目的について(研究発表とは一線を画したものであること)
2 成立事情の簡単な説明・先行論文の紹介。
3 音読した後、語の解釈。
  以下のような大小様々の問題点・疑問点が担当者、出席者双方より指摘され討論。また、その内の幾つかについては、各人持参の資料により口頭で説明。
*百日紅に「憑かれていた」という表現において、類似の表現がマラルメなどに見られないか・百日紅は何かの象徴なのか・汐見の白い病衣とはどのようなものか・「私」の時制の問題(カッコの使い方)・当時の療養所の配置や日常、日課について・療養所の大部屋に於ける各人の位置について・「ガフキイ1号」などの喀痰検査について・「気胸」について・「泯びる」などの表記について・初版、決定版、全小説(全集)の本文異同を対照すべきこと等。
*清瀬の療養所に於ける生活については、結城昌治や石田波響の著作も充分参考にすべきこと。

 この「『草の花』を読む」は、研究発表とは別に「福永の小説を、いままで問題にされなかったような一語一句にまで徹底的にこだわり、皆の知恵を出し合いつつ深く(多様に、かつ確実に)読み込んでみよう、そして、その作業の中から、新しい視点を見つけたい」という趣旨で始められた。一応発表担当者は決めておくものの、その後の相互の意見交換が極めて重要な意義を持つので、この発表の成否は、担当者・出席者双方の熱意に全てかかっていると言えるだろう。今回は第1回ということで、皆で手探りしつつ目的への第一歩を踏み出したというところだが、今まで見過ごされてきた点でいくつか明らかになったこともある。自由な討論を通して、皆で実りのあるものにしていきたい(文責 三坂 剛)。



第43回発表: 『草の花』を読む〜第2回/鈴木 和子氏
コメント: 内容は大略以下の通り。
『草の花』を読む 第2回   担当 鈴木和子
 今回の場面では、「私」と汐見は、「芸術」あるいは「芸術家」ということを通して、心を通わせる。後年の福永自身の「芸術」「芸術家」に対する姿勢と比較して、大変興味深く、また福永自身を支えていた理想そのものであるのだと感じさせられた。
 鈴木氏からも、第一の手帳・第二の手帳と「冬」の章との断絶が、三島由紀夫の「戦地へ行つた汐見に重大な転機があつたにちがひない」「この間の飛躍が小説的に重要なのだ」と述べている文章に触れながら発表があったが、参加者からも「手帳」における汐見と「冬」の汐見、そして「わたし」の描き方について、あるいはまた作者福永自身との関係について、さまざまな感想や意見が出された。
 前回に引き続き、論争が行なわれたのが、「時制」の問題である。「私」がこれを書いている時点を「今」として、7年前に「私」が、6年前に汐見が入院し、5年前の「冬」に汐見が死に、「春」に「私」が千枝子の手紙を受け取るという、この時間の流れを正確に抑えて、常に確認をしながら読むことは、基本であるとともに、非常に重要であることを再確認させられた。(文責:田中 鉄也)




第44回発表: 「夜の時間」について/福島 祥一郎氏・『草の花』を読む〜第3回/井手 香理氏
サマリー: 内容は大略以下の通り。
「夜の時間」について 担当 福島祥一郎
 作品の冒頭部にある「過去」に注目し、主要登場人物の「過去」を細かく検証した後、それぞれの登場人物がどのようにその「過去」を乗り越え、現在の、そして未来の生を切り開くかに焦点を当てた。最終的には、奥村を乗り越えた形で不破と文枝の生き方が提示され、さらにそれを乗り越える形で冴子の生き方がある、という結論に至ったが、細部の論証不足、特に奥村の「人神思想」への言及が乏しく、作品の一面を捉えただけで結論を導き出してしまった感が否めなかった。今後、そういった面を改善して、この「夜の時間」を研究していきたい思う。

『草の花』を読む 第3回 担当 井手香理
今回、この「『草の花』読む」(第3回)で試みようとしたのは、単語を発掘する作業によって、作品を理解するための事項索引集のような趣をもつレジュメを作ることであったが、取り組んでみると、実に根気と労力とが必要とされた。 しかし、この作業によって作品全体に新たな光を当てることができたと思う。
レジュメの訂正:Bitteはドイツ語で、「頼み事」の意味です。




第45回発表: 『独身者』について/近藤 圭一氏・『草の花』を読む〜第4回/鈴木 和子氏
サマリー: 内容は大略以下の通り。
『独身者』について 担当 近藤圭一
 『独身者』は『風土』中断の間に書かれた未完の大作である。未完であるが故に言及されることも少ないのだが、その数少ないものの多くは後の福永作品に見られる問題意識の原型をそこに見ようとするものであるようだ。しかしその成立の事情と構成とを考え合わせた時、そこには決して看過出来ない問題を孕んでいるように思われる。
 今回は『独身者』の執筆と中絶の理由、構成について或る試論を提出した。福永は、『独身者』についてはマルタン・デュ・ガールの、『風土』についてはジイドの影響があると述べている。このことだけを単純に見れば、マルタン・デュ・ガールとジイドの「大河小説」と「純粋小説」との対比が『独身者』と『風土』に見られなければならない。しかし、人物の現われ方や「日記」の使い方、或いは成立に至る「ノオト」の存在などは、寧ろ『独身者』が『贋金使い』の影響の下にあることを示している。一方で構想の十分の一しか成立していないとはいえ、確かに「大河小説」としての要素は充分に見て取ることが出来る。すると『独身者』は『風土』の「実験」が暗礁に乗り上げた後で、仏小説での最新の課題たる「純粋小説」と「大河小説」との止揚を目論んだものと考えることが出来る。
 しかし、『独身者』を一読すれば、「問題意識の原型」があるにせよ、此の世界が後の福永の作品世界と余りに異なっていることは直ぐに判る。結局、其の矛盾が『独身者』を抛棄させる原因になったものと考えた。之は現在の処未だ試論の域を出ないが、更に研究を重ねていく積もりである。そのことが中断を重ねても『風土』を完成させた理由を解明することになろうし、福永が小説家として立たんとした志を明らかにすることにもなるものと思う。

『草の花』を読む 第4回 担当 鈴木和子
 『草の花』は、舞台になっている年代がはっきりしているので、時代考証に関して読み飛ばしてしまうことに留意していたつもりですが、今回は藤木忍が中学の修学旅行で行った「大島」が、当時どれほど観光地としてポピュラーだったか、駱駝は本当にいたのか? ということが、残ってしまいました。
 わかったこととしては、藤木はどこに住んでいたのか? これは、矢内原伊作氏の著作から類推して「代田」と思われますが、更に、「踏切を越す」という描写から考えると、今の「新代田」近辺ではなく、「下北沢」「世田谷代田」或いは「梅ヶ丘」あたりであろうというご指摘を頂きました。
 皆さんで意見を出し合うことで、舞台が生き生きと想像できるような読みになって行っていると思われました。




第46回発表: 『草の花』を読む〜第5回/三坂 剛氏 ・ フランスと私/高野 泰宏氏
サマリー: 内容は大略以下の通り。
『草の花』を読む 第5回 担当 三坂剛(全集P.332 L1-360、新潮文庫版P.99 L15-P.129)
・対話篇:「アンビバレンツ」 ←三坂氏の新しい試みです!
 いや、まったくね。反応はほとんどなかったよ。もちろん理由は明白さ。「発表が不手際で、言いたいことが伝わらなかった」、これしかないね。もし、「それは、文学研究ではないと思うから」とか、「意味のある読みだとは思わないから」などと思っていたのなら、皆その場で言ってくれるだろう。もっとも、一人だけ意味はあると言ってくれたけれど/
 そう、ひがみなさんな。もう少し長い眼でみなよ。そのうち、誰かが見てくれるさ。/うん。でもね、やりたかったのは、こういうことなんだよ。本文校異の部分は、初版と全集だけでなく、各改版文庫も参照して、厳密に客観性を重視すること。これは、見ればわかるから、伝わったと思うな。そして、「読む」においては、ここが一番大切なところさ。/それは、皆の了解事項かい?君一人の先走りじゃないのか。/それは大丈夫だろうと思いたいな。まあ、しかし、こと内容の「読みとり」については、できるだけ偏向した主観的読みを試したんだ。それは、こういうことさ。偏向した読み同士を、互いにぶつけることによって、「中立の読み=客観的に近い読み」が初めて生まれてくるので、一人で最初から客観的な読みを求めるなどナンセンスであり、それはまるで「私は王様だ」と言っているようなもので、独善的であり、研究上に何の進歩ももたらさないからである、と。/なんだいそりゃ。そんなことはイロハで、皆、充分わかっているんじゃないの?/ごめん。つい、教師口調になるのが悪い癖さ。いや、でも案外どうかな。だって、どこに、常に対話を重視して、それを実行している会があるんだい。個人の研究態度のことじゃないよ、もちろん。会としての活動のことをいっているんだよ。/
 わかった。ところで、その肝心の対話が成り立たなかったんだろ。君が、また押しつけがましいことを言ったんじゃないのかい。/そういじめなさんな。ちょっと聴いてくれよ。「偏向した読み」とは、次のようなもののはずだったんだ。春日先輩の汐見との会話ね、そこを「孤独の靱さ、常に相手より靱く愛する立場への執着」についての論として読み、汐見の藤木との会話を「ア.プラトン的イデアへの昇華の欲求、イ.愛の選択と責任(自己投企)への固執」についての論として読む。そして、その論がサルトルの実存主義における認識論と類似点を持つことを示唆する。つまり、「現にある世界を否定して、可能な世界を望むことを通じて、an sich としての世界を、意味のある一つの体系として構築する」という点で、類似していることを示す。そして、そのような理想主義的姿勢が、当時の高等学校生の一般的な「生のあり方だった」と考える。/ちょ、ちょっと待て。よくわからんよ。君の論は、哲学を知らなきゃ理解不能なものなのかい?/まあ、もう少し。そして、上の2点の会話における論が、福永の精神的主題であることを、幾つかの例文(『愛の試み』・『海市』など)を通して見る。実存主義は、もともと福永の内にあるその主題の明確化に役立ったにすぎないということ。だから、もちろん福永が実存主義的文学だなどということではないよ。これが、今回の中心。他はつけたし。/まあ、理解の点は僕の勉強不足もあるだろうから、おいておくとしても、で結局、それが何を明らかにするの? /うん。僕としては、福永の文学の基本的姿勢を確認したかったんだよ。もちろん、大風呂敷であり、不十分な点は認めるよ。でも、「読む」なんだから、いいじゃないか。/しかし、それって、文学研究になるのかい?/はじめから、枠をはめてしまうのはよくないよ。ただ、僕は文学というものを思想や随筆を含めて考えている、と言うしかないね。福永のエッセイや随筆は見事な文学だよ。それに、プリントをよく見てくれた人にはわかると思うけれど、その他にも、色々資料も挙げてあるし、問題点も指摘しているよ。/へへへ、間違った箇所だってちゃんとあったしね。/その点は、これから気をつけましょう。/
 ただ、それにしても何でいまさら「実存主義」なんだい。研究者には、とても怖くてできない蛮勇だね。50年古い、って言われるよ。内容も、方法も。/「古い」、ね。じゃあ聞くけど、君は、いつでも「新しいこと」しかしないのかい。そもそも、なにを新しいとするんだい? 現実を突き通すのに有効な手段でありさえすれば、思想であれ、方法であれ、新しいも古いもないんじゃないかな。まあ、単なる無知で古いのは論外としても、最新の理論を使っていないこと=無知ではないのさ。研究者の多くは、余りに「古い」と言われるのを恐れすぎていやしないかい。もっと自分にこだわっていいんじゃないのか。まあ、とにかく、今の段階では「これから後をご覧じろ」というところかな。初めに言ったじゃないか。「偏向している」って。偏向にこそ意味があるんだ。西脇順三郎だって、石川淳だって、専門家からみたらとんでもない論を提出しているぜ。/また、そういうことを。そんな大家をだして比べると、夜郎自大だと蚩われるのがおちだよ。/そういう君はちっとも意見を言わなかったじゃないか、会のときに。「光輝ある戦いが行われているときに、お前はそこにいなかった」ということは、なしにしてもらいたいね。まあ、遅れていようが、既に超克されていようが、私にとって重要なのは、福永の理解であり、−−−おや、あんなところに、夜光虫かなあ、あの光は。/どれ、いや本当だ。きれいなもんだね。まるで、どこやらのカスタ−ドプディングみたいだ。あの光を掬い採って、一匙で食っちまいたいもんだね。/ハハ、つまり、そういうことだよ。それが、存在としては、夜光虫とかわらぬ人間が「現実を否定して、理想を求めて、現在に意味を見いだす」ということの卑近な例さ。(文責:三坂 剛)

コメント: 以前に三坂氏が発表された「実存主義文学」とカップリングさせた発表内容で、春日先輩と汐見のやりとりの内容を分析して福永の内面に迫る。私は三坂氏の「主観的な読み」は福永の中にある主題の明確化に実存主義が役立ったとするものであると解釈した。人間の思考は道具を与えられて初めて明確に自覚するものであることを考えると、福永は自分の思考を外界に表明するために極めて有用な道具に出会っていたことになるのであろうか。(文責;高野泰宏)

フランスと私ーイリエ・コンブレー巡りを中心に/高野泰宏
 2月の初めから4月の終わりまで約2ヶ月半、パリに滞在しました。休日を利用してプルースト縁の地を何カ所か訪れましたのでその時の話をさせていただきました。Illiers-Combray(パリから約100キロ離れています)は「スワン家の方へ」に出てくるCombrayのモデルとなった町としてよく知られていますが、ここにはプルースト博物館があります。このプルースト博物館は作品中では「レオニー叔母さんの家」として描かれており、現在では多数の肖像画や手紙が展示されています。「レオニー叔母さんの寝室」には紅茶とマドレーヌのセットが飾ってあって笑えました。プルースト博物館の近くの菓子屋では当然のようにマドレーヌが売られており、ちゃんと「プルーストのマドレーヌ」と書いてありました(^^; その他、プルーストの墓があるペーレ・ラシェーズ墓地やプルーストの部屋のイミテーションが展示されているカルナヴァレ博物館を訪れました。(文責: 高野泰宏)




第47回発表: 福永武彦のエッセイについて/三坂 剛氏・『草の花』を読む 第6回/高野泰宏氏
サマリー: 内容は大略以下の通り。
福永武彦のエッセイについて〜『批評A,B』を例に 担当 三坂剛
 現新潮社版全集に収録されていない福永の随筆・エッセイ・書評等が、約100篇にものぼり、また研究も蔑ろにされている現状において、それらもひとつの「読める」作品として独自の価値を持つものであることを、『福永武彦作品 批評A・B』所収のエッセイを例に検討した。まず、1)内田百閧ゥら学ぶところの多い福永随筆には、「自らの真実を語る」ために、安易に引用を許さないフィクションが含まれており、読者は文章の効果を愉しむ態度が求められることを具体例で検討し、その随筆といわゆる嘘の交えられることのないエッセイの違いを確認した。次に、2)そのエッセイの手法が、『死の島』刊行を境にして、2大別出来るだろうとする私案を提出し、各々の特徴を論じた。つまり、前期〕『ボードレールの世界』・『ゴーギャンの世界』や『意中の文士たち』等の所謂評論文・批評文と、後期〕『内的獨白』・『異邦の薫り』や『絵のある本』に見られる江戸以来の考証随筆の系譜をひくものに大別し、それぞれの特徴を見た。そして、最後に3)その前期に当る、a『ある青春』ノオト・b矢内原伊作著『若き日のための思索』後記・c『鴎外、その野心』・d『ロマンの愉しみ』を代表的な例として、a,bの類のエッセイには「人間福永」が、cには「芸術家福永」が、そしてdには「知識人福永」が、各々に個性的な文体を通して見事に表現されていることを見た。実にすばらしい文学作品であると言える。以上は、試案の段階ではあるが、福永の文業を小説・詩だけに重点を置かず、より広く検討するために不可欠の視点であると考えて提出したものである。(文責:三坂 剛)

『草の花』を読む 第6回 担当 高野泰宏(全集〜P.386新潮文庫版 P.130-155(「第一の手帳」の締め)
 今回の輪読の範囲は和船での椿事に始まり、藤木が電報を受け取って一人で帰宅するところまででした。幸いに地形や船の説明が多く、インターネットを活用した情報収集が有用でした。戸田村にある学生寮(戸田寮、東京大学運動会管理保険体育寮)は御浜崎にある郷土資料館の裏手に実在します。学生寮の近くに桟橋があり、村の船着き場を目指して船を走らせようとする場面は、方角的な記述が戸田村の地形とよく一致することをがわかりました。ただし、地形図を見る限り大学寮の裏手に密柑山があったとは思えず、この部分は福永の創作である可能性があると思います。また発表者は和船の構造について勘違いをしていました。発表者は左右にオールが付いたボートを思い浮かべていたのですが、ここに登場する和船は艫の部分に櫓が1本だけ付いた構造なのではとの指摘を受けました。確かに本文をよく読むとそのようです。実は自分は櫓が1本の和船というのを見たことがなかったので頭に思い浮かばなかったのですが、知識の不足から来る思い込みは怖いものだと痛感しました。(文責:高野泰宏)



第48回発表: 「冥府」を読む〜「未来都市」の幻想世界との比較/高野泰宏氏・『草の花』を読む 第7回/濱崎昌弘氏
サマリー: 内容は大略以下の通り。
「冥府」を読む 担当 高野泰宏
 「未来都市」に描かれている幻想世界と「冥府」のそれとを比較検討した。「未来都市」では哲学者との対立を通して超越存在である「神性放射」と人間が対決し、人間が勝つという構図を取っているが、「冥府」では超越存在との対決は許されていない点を指摘した。その理由として、「冥府」では無意識の悪意が冥府の住民一人一人の中に分散して存在している点に着眼して作品構造の比較を論じた。「冥府」では未来の可能性が完全に閉塞された状態で永遠に近い時間を過ごさなければならず、これが認識としての恐怖の実態である。「冥府」では悪意の分散化により超越存在との対決が禁止されており、この点が「冥府」を地獄たらしめている元凶であると考えられる。(文責:高野泰宏)

コメント: 高野氏の発表は、去年の「未来都市」の発表をふまえ、「冥府」の作品構造を浮き彫りにさせるというところから出発されている。
まず、二つの作品に共通する「超越存在」について、
 ・「未来都市」では、対決する対象として、そして「僕」がそれをうち砕く、いわば希望の持てる結末であるのに対して、
 ・「冥府」では、あくまでも人間の希望をうち砕くものとして描かれているということを、「冥府」での生活や、裁判の分析から対比させて検証。
 ただ、「冥府」の「超越存在」は、対決する対象ではなく、人間の意志を剥奪するものではあるけれど、裁判において各々が意見を述べ判決を下すように、各人をロボット化するものではないという特徴を指摘された。そして「超越存在」は「冥府」の「僕」の主張を無視して踊り子を新生させる、いわば「僕」に対して悪意を持っているという見方から、論を展開されている。悪意は各人に孤独と絶望感を強いると言う点で、また永遠に近く続く苦しみの実体が実は各人の無意識、つまり暗黒意識であるという点で、「冥府」の住人の一人一人に分散されて存在しており、この点で「未来都市」とは本質的に異なる幻想世界だと指摘された。
 結論として次の二点、
 「超越存在」は、両作品において異なった構造をもっているということ、「冥府」には「悪意」が感じ取れるということ、
 最後に、「人間が死んだら、何故このような、<悪意>に曝されなければならないのか、それについて明確なメッセージを読みとることはできなかった」という今後の課題を導き出された。「幻想世界」に、かねてから関心を持っていらっしゃった高野さんならではの切り口でのご発表であった。(文責:鈴木和子)

『草の花』を読む 第7回 担当 濱崎昌弘(全集P.389-411 新潮文庫版 P.158-180(「第二の手帳」最初〜千枝子との口づけまで)
サマリー: 内容は大略以下の通り。
「草の花」輪読7回目(第二の手帳1/3)を発表させて頂きました。
細かな語釈を扱うのは当然ですが、私の意図は(個人的な、です)、第二の手帳の冒頭の、千枝子に対する汐見の表現に於いて登場する古今東西の有名な女性の方々の分析だったのです。ベアトリーチェ/ラウラ/イゾルデ/クロエ/ノアイユ伯爵夫人/等の方々を調べることにより千枝子のイメージが外挿的に構築できるのではないかと思ったわけです。結果としては、関係性があるようなないような(こじつければありますが))、単に文学史上の美女羅列に過ぎないと言われればそうかもしれないとも。。唯、羅列をするのであれば、もう少し玄人ウケのするような人物を並べたのでは?との気もします。第二の手帳の悲劇的結末を暗示する部分であったとも言える、と言うのは考えすぎでしょうか?解釈が目的ではありませんので、この位で我慢しますが、今回、一番嬉しかったのは、千枝子のイメージ表象として唯一記述されたノアイユ伯爵夫人の幼少の頃の肖像画が偶然ですが、調査を始めた今年の2月に発刊されたノアイユ婦人の自叙伝(「わが世の物語」藤原書店)の冒頭に載っていた事でした。(一生分のツキを使ってしまったと思いました。それでもいいとも思いました。)それらも含めて16ページものレジュメになってしまい、発表は忙しかったです。次回、次々回も第二の手帳をやらせていただきますので、その時には、もう少し余裕の状態で発表させて頂きたいと考えます。「草の花」をお好きな皆様、良かったらいらっしゃいませんか?

コメント: この箇所は人名や地名が多く、まともに調べると非常に大変な部分であるが、濱崎氏はその大変な調査を実に詳細に行った。千枝子の通っていた女子大を考察したり、ベアトリーチェ、ラウラ、クロエなどの人名についても詳細な調査をされてレポートにまとめられている。また、日伊協会、ミュンヘンなどについても地図やURLを示され、千枝子が住んでいたとされる大森のアパートについても実地調査を行いその写真を披露してくれた。私を含め、研究会に参加したメンバーは「調査」ということに対して認識を新たにしたと思う。濱崎氏の発表により、作品世界をより詳細に理解することができたし、作品に出てくる登場人物や場所などに対して親近感を感じた。(文責:高野泰宏)




第49回発表: 川端康成と福永武彦〜『海市』をめぐって/倉持 丘氏・『草の花』を読む 第8回/濱崎昌氏
川端康成と福永武彦 担当 倉持 丘
サマリー: 今回もいろいろな方から、すぐれた御意見を頂いた。これからも、いろいろとご教示をいただければ幸いである。(文責: 倉持 丘)

コメント: 形式)用意したレジェメを読み上げていく方法は、(時間が許すなら)順序立ててモレなく意見を述べる際には有効だろう。ただし、はじめに刊行当時の書評をそのまま音読した部分は、自分なりに簡潔にまとめた方が良かったろう。 内容)後半で扱った部分、つまり川端は生涯に渡って前衛芸術家(実験小説家)であった、という視点に絞って、彼の『海市』推薦文の意味を分析すると論点がより明確になっただろう。発表後、推薦文という性質上、そこに過剰な意味付けをすることは注意を要すると言う意見が出された。川端が文章を書く際の「構え」と福永のそれとの比較も、面白い論題かもしれない。(文責 三坂 剛)

『草の花』を読む 第8回 担当 濱崎昌弘(文庫P.180L11-P.217L14, 全集P.413L15-P.447L18)
サマリー:  「草の花」第二の手帳の2回目の輪読をさせて頂きました。汐見と千枝子の宗教論争(?)が佳境となる場面です。
その中間結果としての、お茶の水の別れ話、、場面までです。先ずは、言い訳から・・・・・。
今回の場面には、素人(私です)には荷が重いテーマが二つ。キリスト教と戦争責任(芸術家の)です。
行き過ぎたプロテスタンティズムの行き着く先の物語とも言われている、第二の手帳ですので、キリスト教に関しては調べざるを得ませんでした。が、生半可な知識でどうこう言えるものではありませんでして、残念ですが逃げました。。。扱っている場面は、確かに聖書でもメジャーなところ近くではありますので、一般的な解釈でも?かと、思いましたが、その判別すら出来ないほどに知り得ていませんので、正直避けました。(避けて済むのは今回だけとの認識ですが)更に戦争責任問題ですが、**さんは、誰だ?(文庫P204)では、一応、高村光太郎では?との意見表明をしましたが、でも、研究誌5号の三坂氏の論文が参考になりますが、福永(=汐見??)が高村光太郎を悪く言うでしょうか?(そして、高村の詩に「南進の歌」はありません)微妙なクリティカルな感触を感じたものですから、、ここも逃げました。。言い訳は以上。。では、例会に参加頂けなかった方々に軽く質問させて下さい。
・文庫P210 Post mortem,nichil est(死後には何も無い)っ て、宗教者に (ここでは千枝子)対する全否定ではありませんか?
・文庫P215 あそこの橋、、、とはお茶の水駅のどちらの橋と考え ますか?(聖橋orお茶の水橋) 僕は、今回はお茶の水橋説を主張しました。
よろしければご意見を頂ければ有り難いです。。(それでもわからんとおっしゃる方には発表のレジュメをお送り致しましょうか?)次回は、いよいよ、第二の手帳の最終回です。語釈すべきものは、そうはないのですが、コメントの難しい部分です。よせばいいのに、また私が担当しますが・・・・、どうなる事やら。。
追)結局、第二の手帳は僕が全て担当させて頂くことになりました。
  此程の贅沢はないと、皆様には感謝しております。。(文責 濱崎昌弘)

コメント: 前回に引き続き、濱崎氏は小説中の記述と事実を比較検討し、『草の花』に描かれている出来事がどこまで現実味を帯びているかを考察した。作品中に記述のある、4月18日にアメリカの飛行機が東京を空襲したのはドーリットル日本初空襲として有名な事実であること、汐見が目撃した飛行機は9番機と思われることが指摘された。4月18日のアメリカ軍飛行機来襲は妹尾河童氏の『少年H』にも記述があると他会員からの情報提供があり、『草の花』にはかなりのノンフィクションが含まれているのではないかとの議論があった。また千枝子と汐見がお茶の水駅付近の橋で別れ話をする場面について、この橋がお茶の水橋か聖橋かの議論があり、濱崎氏は本文の記述およびお茶の水駅付近の地図からこれはお茶の水橋ではないかとの見解を出された。大城氏『福永武彦ノオト』思潮社の中で大城氏は聖橋と推測しているようであるが、濱崎氏の推測の方が的を得ているように思われた。 このように作品のディティールにこだわり、その真実性を1つ1つ丁寧に検証していく試みは素晴らしいと思われた。 (文責 高野泰宏)




第50回発表: 「深淵」を読む/田中鉄也氏・『草の花』を読む 第9回/濱崎昌弘氏
「深淵」を読む 担当 田中鉄也
サマリー: 「深淵」という作品は、いろいろな読み方ができる小説だと思います。「罪」とは何か、「聖」と「俗」、「飢」と「魂」などなど。今回私は「愛」という観点から読み解いてみようという試みをしてみたのですが、結論としてはそれは「悲劇」としか言いようのないものだったと思います。しかし、それはたとえ「悲劇」という現象だったとしても、この女と男においてはそのようにしか生きられなかったというだけの意味に過ぎないのです。
 信仰に身を捧げる生き方も、自己の欲望のままに生きる生き方も、人間同士の関係性のあり方の一つの至高の到達点である、「愛」の前には、善悪も幸不幸もすべてが無化されてしまうのでしょう。それが、「あらゆる異なった要素を含んで、自ら捉えられたい、自らその淵へ身を投げ込みたいという誘惑を人に感じさせる」「深淵」というものなのでしょう。その意味では、外面的には「悲劇」であっても、決して真の「悲劇」ではないのないでしょうか。
 発表の際も問題になったのですが、最後の断片となっている新聞記事は今回発見することができませんでした。たとえ「悲劇」であろうとなかろうと、福永の頭の中で、この小説がどのように生まれ、育ってきたのかを知るために、この新聞記事は何とか見てみたいものです。(文責 田中鉄也)

コメント: 発表者は、「深淵」を、信仰に身を捧げていた聖女の悲劇とみる。その悲劇とは、一つは男に暴行され、地獄のような悲劇に追いやれれたという悲劇、もう一つはそれにも関わらずこの男を愛して生きようとした彼女が、結果的に殺されてしまうと言う悲劇である。この悲劇性を明らかにするために、発表者は彼女がどのようにその事実を受け入れ、男を愛そうとしたかというところを精査し、さらに、男はなぜ彼女を殺さなければならなかったのか、二重の悲劇を緻密に読みとっていった。 結論として、そのような悲劇から人間的な真実が見えてくること、その悲劇(「深淵」と彼女が言っているもの)こそが生の本質であり、どのような悲劇もそこへ身を投げざるをえないものではないか、と結論づけている。
 「深淵」が悲劇であることには疑いがないが、その意味、価値を問い直そうとす る発表であった。 (文責 鈴木和子)

『草の花』を読む 第9回 担当 濱崎昌弘(文庫P217(-15)〜P249(-16)改版、全集P448(-1)〜P479(-7)第2巻)
サマリー: 「草の花」輪読も、今回で『第二の手帳』が終了しました。『第二の手帳』派の僕としましては、3回分全てを担当させて頂けて、とても満足しております。  ありがとうございました。僕の汐見観は、(格好良い)→(なんだこいつは)→(可哀相)の繰り返し永久サイクルなのですが、輪読資料を作りながら、更に何回かの汐見サイクルを回したものでした。唯、「草の花」が好きなだけでして、今回のような詳細な調査をして、その先に何を求めているわけでもありません。しかし、今回の輪読に参加させて頂いて、これまでよりも更に「草の花」に近づく事が出来たことは確かです。何故にこれほど「草の花」に憑かれてしまったかの理由も少しは分かってきた様な気もします。そして、これからも憑かれ続けていくだろう事も確信できました。僕のように、研究発表や論文執筆は、ちょっと、、、の人でも、輪読は出来ると思います。 来年もやろうよとの、声もあります。よかったら、参加してみませんか?
(文責 濱崎昌弘)




第51回発表: 福永武彦の小説技法[獨身者、夢の輪から忘却の河]へ/佐藤 武氏・『草の花』を読む 第10回/近藤圭一氏
福永武彦の小説技法 担当 佐藤武
サマリー: 各作品の共通技法としてとりあげた「意識の流れ」や「焦点化」等については、既成文学理論を踏襲したにすぎず、「忘却の河」における会話の「」(カギ)無しや、藤代が過去の自分を彼と呼ぶ書き方は作者の弁を披露したものであり、引用が多すぎたことを発表後に感じました。ただ、「忘却の河」を、家族心理小説と規定し、藤代とゆき以外の章が三人称で書かれたことに対する一種のこだわりや、題名のつけ方も技法の一つであるという考え方は独自のものです。又定説になっているであろう「夢の輪」継続についての作者の思いは福永武彦没後槐書房より限定出版された「夢の輪」の後記に「あとがきに代えて」として源高根氏が書いた文章をコピーして配ったので、未知の方には参考になったのではないでしょうか。一時間半かけながら力不足で用意していた内容の70%くらいきり話せなかったことを反省しています。(文責 佐藤 武)

コメント: 発表者は『忘却の河』以前の未完の二作品『獨身者』『夢の輪』が、どのように『忘却の河』に繋がっていくのかに着目、技法の面から「意識の流れ」「視点」「ゼロ焦点化」などを中心に分析された。そこから、その分析を『忘却の河』に当てはめ、さらに『忘却の河』の「家族心理小説」とも言うべき側面を指摘された。また、福永は「心の中を流れる河」のモチーフを『夢の輪』に引き継ぎ、『死の島』のあとに完成させるつもりであったことを、源高根氏の文章とともに紹介された。『獨身者』から『死の島』の次にかかれたであろう作品に至るまで、福永文学を鳥瞰した、示唆に富むご発表であった。(文責 鈴木和子)

『草の花』を読む 第10回(最終) 担当 近藤圭一(「春」全章)
サマリー: 1年間続いた『草の花』輪読会もいよいよ今回が最終回、今回は「春」全章が範囲であった。「春」は、前半の「私」の述懐と後半の千枝子の手紙とから成るが、件中後者の千枝子の手紙に出てくる基督教認識が重要であるように思われた。千枝子はここで「ルッタア」について言及しており、汐見との交渉があった当時の認識を回想しているが、諸種の基督教の文献と比較してみた時その認識は甚だ歪んでいると言わざるを得ない。今回は二次文献にのみ依ったが、いづれ『基督者の自由について』等のルッタアの原典に当たってこれを立証したい。千枝子の基督教認識については、「春」の手紙を書いている今は如何なる信仰をもっているのか、末尾の「お許しくださいませ」は一体誰に対して向けられたものなのかなど更に様々な疑問が出てくるが、「第二の手帳」に見える汐見の信仰心と併せて更に検討すべき課題であろう。資料としては、他に「ゲーテの久遠の女性」を『ファウスト』のグレートヒェンと見なしこの概要を添附した。更に、大変些細なことだが、文中「徳川末期」となっている「野火止用水」は史実では江戸時代初期であることが判明した。この錯誤が何に由るものかは詳かにしないが、恐らく単純なる誤解であろう。今回の発表は蛇尾になってしまった憾があるが、今後蛇を龍にすべく更に励んでいきたい。(文責 近藤圭一)




第52回発表: 『忘却の河』を読む 第1回/『忘却の河』文献紹介と資料調査の方法について
『忘却の河』を読む 第1回(第1章 忘却の河) 担当 濱崎昌弘
サマリー: 福永研輪読も2作品目となります。さて、全作品の輪読を終えるのは何年後の事なのでしょうか?(「死の島」3ヶ年計画なんてのもあるとかないとか?)「忘却の河」もお好きな方の多い作品なので輪読も手が抜けません。(僕は、「草の花」派の人間なのですが・・・)語釈対象の語句が少なかったと言うのが実感です。むしろ、人称や時制の変化のリズムを味わったり、「」の無い会話文を楽しんだりする方がこの作品の読み方としては正道かも知れません。今回の数少ない発見の(私だけですが・・)一つとして、執筆当時に平行して書かれていた「芸術の慰め」で採り上げていたオディロン・ルドンの絵(幻影)があります。例の、雨に濡れたビルの窓ガラスが眼に見えた〜。の部分のモチーフになっていると言うことが創作ノオトから分かりました。その一見気味の悪い、ルドンの絵は、残念ながら全集の「芸術の慰め」には掲載されておりませんが、単行本をお持ちの方は一度ご覧になって下さい。(主人公 藤代の心の闇が見えるような気がします。)最後に蛇足ですが、二次会の席で、『待合』って何だろうか?議論でかなりの時間が割かれた事をご報告いたします。(今回は男性ばかりだったもので・・・) (文責 濱崎昌弘)

「忘却の河」先行論文解説(資料有り)三坂 剛
コメント1: 三坂氏より、「忘却の河」先行論文及び新聞,雑誌掲載の書評等のリストが提出され、詳細なご説明を頂きました。「忘却の河」に関しては、総じて好意的な評論が多いこと、80年代に論文が多かった事等が述べられました。 また、三坂氏のご厚意により、研究論文15編のコピーを研究会に寄贈頂きました。このリストには三坂氏の永年の資料蒐集のコツとノウハウが満載の、『研究機関に所属していない者が、近代文学研究をする際の資料蒐集手段』も付帯しておりますので、資料蒐集に苦労されている方には、貴重なアドバイスとなる事でしょう。(文責 濱崎昌弘)

コメント2: 大学や研究機関に在籍していない者が研究論文を集めるのは非常に大変であるが、三坂氏はその大変なことを出来る限り効率よく行うためのノウハウを公開してくれた。非常に有用なアドバイスであると思われる。(文責 高野泰宏)




第53回発表: 『忘却の河』を読む 第2回/百日紅の木鑑賞ツアー
『忘却の河』を読む 第2回(第2章 煙塵) 担当 田中鉄也
サマリー:  『忘却の河』第二章「煙塵』の主人公は、藤代の長女、美佐子です。
ちょっと先になってしまいますが、『忘却の河』の一番最後で、美佐子が「わたしお父さんが好きだわ、」と繰り返すところが、とても印象的です。それがなければ、美佐子は自分のアイデンティティを見失い、それこそ現代という「不可能な状況」の中で、孤独に生きる小さな存在でしかなかったのでしょう。
 そういう意味で、第二章は童歌や小さな子供の頃の風景、サルトルの「出口なし」、寝たきりの母親、気の進まない見合いなど、美佐子における「不可能な状況」を作り上げているさまざまなものが登場します。中でも、童歌のうちの一つは、初出と文庫・全集で歌詞が変わっているだけに、この童歌の起源を探り当てたかったのですが、とうとう発見することが出来ませんでした。
 小さなことですが、美佐子の年齢について、福永がおそらくは正確に設定していると思われるのですが、なかなか直截に触れている箇所がなく、土器の欠片をつなぎあわせるようにして、類推するしかなかったのですが、それでも小さな食い違いが生じてしまうようです。この辺りも、福永の計算なのか、単なる単純ミスなのか、それを知ることも「不可能」なのでしょうか。(文責:田中鉄也)

百日紅の木鑑賞ツアー(東京都清瀬市社会事業大学キャンパス内)
 芸術劇場での例会後に、「草の花」に登場する百日紅を見る(当初は蹴っ飛ばす、でしたが・・・)ツアーを行いました。 『私はその百日紅の木に憑かれていた。それは寿康館と呼ばれている広い講堂の背後にある庭に中に、ひとつだけ、ぽつんと立っていた。』
 この文章の『背後』と言う言葉から推し量れる距離感と、実在の位置にかなりの隔たりがあることが、先ず分かりました。寿康館(跡を示す看板だけが残っていましたが)と百日紅の間には、社会事業大学の野球グラウンドがある位ですから、ざっと200m以上は離れています。ドアニエ・ルソーのどの絵 に似た風景なのだろうかと想像しながら歩くにしても意外と遠いものでした。来てみなければ分からない事は、これに限らずに多いものです。
 さて、残念なお知らせですが、『死んだ真似』をしていたはずの百日紅ですが、本当に死んでしまっているように見えました。『盛装』した姿を見ることができないのかも知れません。春に確認する必要はありますが。なにしろ『死んだ真似』ですから。汐見の真似をして蹴っ飛ばそう、なんて言いながら向かった我々でしたが、それは出来ませんでした。『裸の、死んだような、すべすべした枝』を『どうしてもそれを撫でてみないわけには行かなかった』事だけは確かでしたが。
(文責:濱崎昌弘)



第54回発表: 『忘却の河』を読む 第3回
『忘却の河』を読む 第3回(第3章 舞台) 担当 高野泰宏
サマリー: 今回私が担当した範囲は香世子の独白の部分でした。1)一般語釈 2)演劇関係語釈 3)サルトルと実存主義の3つに分けて説明しましたが、特に実存主義哲学については発表者に予備知識がなかったこともあり歯切れの悪い内容となってしまいました。以下に大切だと思われる点を要約させていただきます。1)では「戦歿学生の手紙を集めた一冊の本(全集142頁4行目、以下頁行数は全て全集のもの)」というのは日本戦没学生記念会編『きけわだつみのこえ』だろうと思われます。この本は現在岩波文庫から出ていまして私はこれを所有していますが、呉伸之という名前は存在しませんでした。2)では「荒立ち(132頁17行目)」の説明を行いましたが、「本立ち(133頁5行目)」という言葉の解説を見つけることができませんでした。これが正式な演劇関係の用語として使われているかどうかについては不明です。3)についてはサルトルのプロフィールを紹介した後で実存主義哲学について解説しました。サルトルの実存主義哲学とは「神により本質を与えられていようがいまいが、人間が人間であることとは全く関係がない。神も本質も、人間には関係がないことなのだ」という一種の無神論であるように思われました。ではこれが「出口なし」の中でどのように押し出されているかについては十分な解説を提供することはできませんでした。(まずは「出口なし」をきちんと読まないといけないですね。) 
 研究会では「サルトルの実存主義」が『忘却の河』の中に取り入れられているのか、福永は実存主義哲学を意識してこの小説を書いたのか(あるいは登場人物の中に実存主義的な意識が反映されているか)について議論がありましたが、そのようには読めないのではというのが大方の見方でした。しかし福永の書いた「20世紀小説論」には実存主義について福永がコメントしているので、この問題について論じるには福永が書いたものを踏まえなければならないだろうとの意見もありました。この問題については、哲学の主義主張を小説の中に見い出していく場合には十分な論拠をもって行わなければならないと思います。また、「出口なし」を実際にご覧になった方からコメントをいただき、一種のコメディとしても鑑賞できる劇であるとのことです。実存主義の詳細を知らなくても十分に楽しめそうですので、機会があれば観てみたいと思いました。(文責:高野泰宏)




第55回発表: 特別講演会 「福永武彦と中村真一郎」 佐岐えりぬ先生

コメント: 故中村真一郎夫人の佐岐えりぬ先生においでいただき、上記特別講演会が行われました。福永武彦、中村真一郎、加藤周一の3人はマチネポィエティクの仲間で、親しく交流があったようです。佐岐さんのお話の中には固有名詞(人の名前)がものすごくたくさん出てきてびっくりしたんですが、文学の世界でも人との交流が作品を生みだしていく原動力になっているんだなと改めて思いました。福永の作風から、私はどちらかというと福永は殻に閉じこもってあまり交友がない人なのかとなんとなく思っていたのですが認識が変わりました。
 それからもう一つ印象深かったのは文人達のお洒落なユーモアです。彼らが軽井沢に滞在したとき、地名とかをわざわざ横文字に直して呼んでいたそうです。(例えば幸福の谷=happy valleyとか)当時の日本は戦争色が強くてそんなことしたら命が危なかったんじゃないかとも思いますが、軽井沢というのはこういったユーモアを解すだけの懐の深さがあったのかもしれません。
 講演会の後で会食し、その後の3次会まで付き合っていただいて大変楽しい時を過ごすことができました。(文責 高野泰宏)




第56回発表: 「廢市」を読む/『忘却の河』を読む 第4回
「廢市」を読む〜過去からの贈りもの 担当 高野泰宏
サマリー: 「廢市」について、1)恋愛事件の発生とその顛末 2)物語の語り手「僕」の現在と過去の2点に着眼して自分の読み解きを紹介いたしました。恋愛事件が廢市の風景とどのように結びついているかについ、いわゆる「愛の三角形」ではこの話は理解できず、秀の存在を考慮しなければならないということ、それから10年前の「僕」の経験は結局のところ3つの美の発見とそのうちの1つ(安子の美)の選択であり、現在の「僕」が何らかの理由により安子の美のイメージを想起する必要に駆られて物語が始まったと解釈いたしました。
 会場の皆さんからは、廢市の持つ風景についての考察が必要であること、恋愛事件の分析については芸術の側面から解釈する必要があるのではないかとのご指摘をいただきました。また「僕」が10年前の出来事を想起する場面についてはマルセルプルースト『失われた時を求めて』の「マドレーヌ」と比べて解釈するのも必要ではないかとの大変面白いご指摘もいただきました。この作品は短い割にはいろいろと考えさせられる点を多々含んでおり、これらのことを再考した上で論考を作成し、来年度の会誌へ投稿しようと思います。(文責:高野泰宏)

コメント: 甘さが敬遠されがちな福永作品の中でも、程よい叙情性をもつ「廃市」は、比較的好意をもって受け容れられている作品である。しかし、長編とは違い真正面から論じられることは少ない。そうした現状をふまえて、今回の発表者は先行論文を比較検討したうえで、自身の考察を披瀝した。
 廃市の住人たちが織りなすドラマと語り手「僕」との距離、これこそが「僕」を回想に導く『廃市』という作品の内的必然性である。過去においても、現在においても、「僕」にとって重要なことは、悲劇的な事件の本質それ自体を見抜くことではない。ドラマのなかで「安子」の<美>を発見することであり、また自分にふさわしいものとしてそれを選択したことなのである。(文責:井手香理)

『忘却の河』を読む 第4回(第4章 夢の通い路) 担当 佐藤 武
 サマリー: 「忘却の河」連作の中で藤代ゆきの内的独白による四章は全七章中一番読みやすく、親しみやすいと思いました。ゆきの回想が三十年前になったかと思うと一転して二十年前に、そして大正十二年の震災を語ったりと、時間が前後するにもかかわらず、ゆきの心情がしみじみと判ります。福永が自信をもって楽しんで書いているからではないでしょうか。
 それだけに作品の情緒をより一層格調高くする技法として小説に挿入されている十四首の和歌の解釈は重要なので、式子内親王全歌注釈(小田 剛)から引用してみました。又福永は、古今和歌集(新古今和歌集より三百年程前)の選者の一人である凡河内躬恒(おうしこうちのみつね)の「夏と秋とゆきかふ空の通い路は片へ涼しき風の吹くらん」という秀歌の上の句を、夏と秋とゆきかふ付空の通い路という躬恒の歌があるが、とさりげなくゆきに語らせ、ゆきの二十代と三十代の通い路における呉伸之との出逢いの導入部とした箇所は、この連作短編(四章)の白眉といえましょう。和歌に対する造詣の深さをあらためて感じました。
 もう一つは戦争のことです。個人的な事情で恐縮ですが、小説のなかの長女美佐子の年齢より6歳ほど年上の私は終戦時(昭和20年8月15日)には15歳でした。終戦直前の8月1日に八王子に住んでいた私は米軍の爆撃が爆弾ではなく親子焼夷弾であったため今日まで生き永らへたのです。(爆弾だったら亡くなっていました)太平洋戦争(日本軍部では戦争を正当化するため大東亜戦争と呼んでいました)のことを若い会員の皆様に少しでも知ってもらいたいおもいで特にとりあげましたが、如何でしたか!(文責:佐藤 武)



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