当サイトは1995年に設立された福永武彦研究会の公式ホームページです。
福永作品を愛する方、福永武彦について深く知りたい方は、どなたでも入会できます。


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◇池澤夏樹氏に当研究会の顧問に就任していただくことになりました。
 
cafe impala 池澤夏樹氏の公式サイト
  
第167回例会開催案内
New!
 装丁家の田中淑恵さんをお迎えして、お話を伺います。演題は「晩年の福永武彦との邂逅」です。
 会員以外で聴講を希望される方は、事前に研究会に申し込みをお願い致します。
  日時:2017年11月26日(日)14時~17時
  場所:川崎市国際交流センター 第5会議室
  参加・聴講費:1000円(会員、学生は500円)
  申し込み先:福永武彦研究会 三坂 剛 メール: Fax:044-945-0666
       
第166回例会報告
New!
    
◇新年度特別企画の第1回として池澤夏樹氏講演会「福永武彦 人と文学」が、6月11日(日)に神田神保町東京堂ホールにて開催されました。予約で満席となる盛況でした。日本経済新聞(4月29日朝刊)文化欄に福永武彦が大きく取り上げられ、池澤夏樹氏、当会会長のコメント記事とともに講演会についても紹介されました。

 
福永武彦「廃市」が復刊されました!
New

 小学館(P+D BOOKS)より。    
   
     
福永武彦研究会 平成29年度会員募集中
 今年度新規会員(今年5月より来年5月まで)を募集しています。
 「会誌」最新号を発行時に1冊配付、また、会員特典として、ご希望の既刊の会誌を、3冊まで無償で配付させていただきます。年会費は5000円(学生・院生は3000円)です。
 例会見学、入会ご希望の方は、お気軽にご連絡ください➡
 
 
福永武彦「夢見る少年の昼と夜」が復刊されました! 
 小学館(P+D BOOKS)より。
 
書影付き著作データ・評論に「ゴーギャンの世界」を追加しました。
  
研究会の会誌「福永武彦研究 第12号」が発行されました。
 【特別例会講演記録】近桂一郎氏「日本少年寮と福永武彦」
 【作品論】 『退屈な少年』 他
    
研究会20代メンバーが核となって企画された同人誌「Nocturne No.2」が発刊されました。
 【特集】『海市』 

   
福永武彦「夜の三部作」が復刊されました!
    
・小学館(P+D BOOKS)より。池澤夏樹氏が解説を特別寄稿。池澤夏樹氏による解説文が掲載されています。
             
福永武彦「風土」が復刊されました! 
・小学館(P+D BOOKS)より。池澤夏樹氏が解説を特別寄稿。池澤夏樹氏による解説文が掲載されています。
   
福永武彦「海市」が復刊されました!
・小学館(P+D BOOKS)より。池澤夏樹氏が解説を特別寄稿。池澤夏樹氏による解説文が掲載されています。
          
福永武彦関連 新刊2点(2015/3/26)
 ・堀辰雄/福永武彦/中村真一郎(池澤夏樹編集 日本文学全集17)
 ・「草の花」の成立―福永武彦の履歴/田口 耕平
    






    
研究会の会誌「福永武彦研究 第12号」が発行されました。New!
   
 会誌購入を希望の方は、「研究会 会誌」のページをご覧下さい。
    
(内容)
 【例会講演記録】近桂一郎氏「日本少年寮と福永武彦」(2016年3月27日)
 【作品論】『退屈な少年』
 【随筆】
  ・福永武彦についての二つの思い出(附・福永武彦書簡資料)
  ・関連資料(附・福永武彦葉書資料)
 【随筆集索引】『夢のように』 その他

  
  *画像クリックで表・裏表紙の拡大画像にリンクします。

  
  



   


研究会20代メンバーが核となって企画された同人誌「Nocturne No.2」が発刊されましたNew!
   
 購入を希望の方は、「研究会 会誌」のページをご覧下さい。  
    
(内容)

 【特集】『海市』 
  ・海に沈む岩礁群-『海市』から想う- /雨でずぶ濡れ
  ・『海市』に見る福永武彦の主人公造形-『海市』覚書/Cahier
  ・批評・『海市』を探検する /クスボリ・しゅーげ
  ・『海市』あらすじ表
  ・『海市』あらすじ表について

    
 *画像クリックで表・裏表紙の拡大画像にリンクします。

  
  
   
   
   
第167回例会 開催案内 New!
  • 日時:2017年11月26日(日)14時~17時
    場所:川崎市国際交流センター 第5会議室
    内容:装丁家の田中淑恵さんをお迎えして、お話を伺います。
    演題:「晩年の福永武彦との邂逅」
 どなたでも参加できます。会員以外で聴講を希望される方は事前に研究会に申し込みをお願い致します。
 参加・聴講費:1000円(会員、学生は500円)
 お問い合わせ先: 福永武彦研究会 三坂 剛  メール:  Fax:044-945-0666
 
 ◇当サイトより会誌の購入ができるようになりました。
   現在庫のある第1号~3号、6号~10号の会誌を購入希望の方は、「研究会 会誌」のページ
   ご覧下さい。神田の八木書店、軽井沢高原文庫でも会誌を購入できます。
          
    
◇福永武彦「海市」「風土」「夜の三部作」が復刊されました。(2016/6/13)
 ・小学館(P+D BOOKS)より。池澤夏樹氏が解説を特別寄稿。

    
◇福永武彦関連 新刊2点(2015/3/26)
 ・堀辰雄/福永武彦/中村真一郎(池澤夏樹編集 日本文学全集17)
   福永武彦:「深淵」「世界の終り」「廃市」
   堀辰雄:「かげろうの日記」「ほととぎす」
   中村真一郎:「雲のゆき来」を収録

              
 ・「草の花」の成立―福永武彦の履歴/田口 耕平



   
 書影付き著作データに以下の資料を追加しました。
   
◇評論:掲載ページ
  書影クリックで拡大画像にリンクします。

 
   

「ゴーギャンの世界」元版

 1961/7/5 新潮社 700円

二光印刷・A5判・丸背厚紙装,背クロス・函・帯
324頁(他に圖版30頁,「年表」と「文獻目録」で43頁)
*近親者だけに配付した30部限定の「別刷後記」(3頁)あり(全集第19巻に附録として収録)

   (前川康男宛 福永自筆の献呈・後書き)
 
献呈先の前川康男は、福永が『ゴーギャンの世界』を執筆している際の担当編集者の1人。もともと児童作家志望で、新潮社を退社して後、多くの著作がある。

  
◇雑誌: 掲載ページ
  書影クリックで拡大画像にリンクします。

  「高原文庫」№2 「四季」第66号
 
   発行所:軽井沢高原文庫
 編集人:池内輝雄 発行人: 藤巻勲夫
 1987/7/1 500円

*座談会 福永武彦・文学の形成と発展―その深淵を探る試み 辻邦生・豊崎光一・曽根博義・鈴木貞美・池内輝雄 他。
 発行所: 四季社 編集兼発行者:日下部雄一
 1942/6/27 40銭
 
*マラルメ「エロディアド」の翻訳を巻頭に掲載(4頁~19頁)。他に、中村眞一郎の小品「窓」、小山正孝の詩「路上」など。画像3点は、(復刻でなく)オリジナル雑誌の表紙、目次、裏表紙。




     
◇第166回例会 New!
 日時:2017年9月24日(日) 13時~17時
 場所:川崎市平和館第2会議室
 参加:7名
  
【例会内容】 
 ① 8月27日、長野市川中島の櫻井群晃さん宅での様子の概略報告
 ② 福永武彦関連情報の伝達
 ③ 全体討論:萩原朔太郎詩集『氷島』の紹介と検討

【例会での発言要旨・感想】順不同

 ○Maさん
: 福永武彦「『氷島』一説」から萩原朔太郎『氷島』を読む
  •  詩を読み味わうことは音楽や絵画と同様、自己の直感と好みが優先するだろう。読めない外国語の場合は別だが、など思いつつどこかにある萩原朔太郎詩集を捜すのはやめて、『氷島』は筑摩版の『萩原朔太郎全集 第二巻』(昭和61年 補訂版)をテクストとして図書館から借りてきた。
     月報(研究ノート)に「『氷島』一説」という文を福永が書いている。
     第一高等学校入学の年に初めて詩集らしい詩集として手にした『氷島』への思い入れ、デザインや装幀への細やかな描写は、一転して『氷島』を朔太郎の最高の作品とする主張に変わる。切迫感さえ感じられる強い主張である。
     その中で福永は、「『氷島』が朔太郎の昇りつめた絶頂であると思ひ」「『氷島』が意識的な言語を用ひ意識的な主題を展開した、意識的に構築された詩集であると考へている。」と述べている。さらに朔太郎自身が『氷島』について記した「明白に『退却』であった」(「『氷島』の詩語について」)、とか「著者の実生活の記録」「切実に書かれた心の日記であるのだらう」(自序)とかいうのを「煙幕の嫌ひ」があるとして退け、「詩的情熱の素朴純粋なる詠嘆を実験して見せたものだといふふうに考えたい。」と言い切っている。
     そして、その詩の簡潔さ、力強さ、絶叫、朗吟の情感などの特徴に、根底に流れている或る謎めいたものが一層深められてゐるという結果を「一種の欠落の美学とも言ふべきものに、『氷島』の象徴詩としての位置があるのではないだらうか 」と結ぶ。
     十七歳の少年時からに、晩年に至るまで「特別のもののやうに」親しみ自らも詩を書いてきた作家の言葉として深く受けとめる必要があると思った。

     『氷島』を小さいながら声に出して読んでみた。詩のスピード感、朗読の心地よさは読み手が体感すべきものだ。作者自身「読者は声に出して読むべきであり、決して、黙読すべきではない。これは歌ふための詩」(自序)なのだと書いている。
     福永の主張の前半に目が醒めるような興奮を感じたのだが、「遊園地にて」の解説はそこで対比的に取り上げられた篠田一士の説とともに腑に落ちなかった。

      今日の日曜を此所に来りて
      われら模擬飛行機の座席に乗れど
      側へに思惟するものは寂しきなり。

     単純化すれば遊園地で模擬飛行機に乗っているのを詩人一人だけとする篠田説と、女ひとりあるいは女と詩人の影(または幽霊)とする福永説となるが、一般的な受け取り方のように女と詩人の二人と単純に言い切れないのは、作品自体が、本文と対比される下段の小文字の別稿とで、登場人物の性別から組み合わせまで替わる可能性もあるからであった。「意識的な構築」とする理由の一つであろう。

     「欠落の美学」の意味は紙数の制限もあり「欠落のままで読者の想像力に任せ」られることになるが、美の極致を構築完成させるために、意識的に切り捨てたものがあるということか。意識的に欠落あるいは隠したということだろうか。では、何を?現在の私にはまだ見えない。
     
     月報は昭和51年3月刊の初版のために書かれたものなので、書かれたのは、昭和51年1、2月頃と推定される。福永五十八歳、1月に「内的独白」を「文芸」(翌年5月まで)に連載、八月父末次郎を亡くし九月に詩文集「櫟の木に寄せて」(書肆科野)を刊行した年である。
     理解できない部分があるとはいえ、私には『氷島』を読む一番の導きとなった。この一文の末尾に述べている「文体の問題」と「その欠落の多い謂はば空白の美」について語り残して欲しかった。(あるいはどこかで書いているだろうか)

    付記 
     前回の研究会で取り上げた福永の詩「櫟の木に寄せて」の中で、眠れぬ病人である主人公が一本の木の梢と化し見詰める地平線、「その地平線は右に傾き左に傾き天頂の星たちも/それにつれて右に傾き左に傾き幾万光年の彼方から」は、特攻隊の操縦士が最後に見た光景であろうと私は想像するのだが、朔太郎の「遊園地にて」の飛翔の表現も響いているように思われる。
    「見よこの飛翔する空の向こうに/一つの地平は高く揚がり また傾き 低く沈み行かんとす。」状況は違うが胸のすくような格調高い飛翔感。やはりすごい詩人だといわねばならない。
 ○Haさん: 萩原朔太郎『氷島』について(福永の氷島論を軸として)
  • 1.(1-1)7月の例会と同じく、福永の『ボードレールの世界〈新編〉』(講談社1982年)の序にある、福永の[ボードエールの]詩の読み方についての記述に従って『氷島』を読んでみた。
    (A)「詩を読むために必要なことは、まず先入観なしに一編の詩を無心に味わい、その詩が直接我々の魂に訴えて来るものを感じ取ることである。」
    (B)「さてまず原作の詩を味わったあとで、それに関する註釈や原作に関聯のある文章を参考にすることは勿論必要である。その時、一般的に重要さの度合いを測るならば、(一)原作者の他の詩 (二)原作者の他の散文、書簡 (三)[原作者が読んだ]他者の書いたもの、その多くは先輩や同時代者の書いたもの (四)諸家の註釈、という順になる。」

     上記の「詩」を『氷島』に、「原作者」を「萩原朔太郎」に読み替えれば、詩集『氷島』の読み方になると考えられる。具体的には、たとえば以下のようになると考えられる。:
    (一)萩原朔太郎の他の詩集 、特に『月に吠える』,『青猫』,『宿命』
    (二)『氷島』の詩語について1936年,自由詩のリズムに就て(『青猫』附録)1923年,アフォリズム:『新しき欲情』 1922年,
     詩論:『詩の原理』1928年,小説:『猫町』1935年,『郷愁の詩人与謝蕪村』1936年
    (三) ボードレールの詩:山村暮鳥による翻訳,上田敏『海潮音』(1905年)所収のボードレール詩5編   
    (四)・福永武彦の氷島論:①萩原朔太郎の肖像(1968年、全集16巻184頁)、 ②「氷島」一説(1976年、全集15巻341頁)、
    ③解説(1964年、『萩原朔太郎詩集』大和書房)
    ・朔太郎に関する福永の他の文章:④「萩原朔太郎詩集」(1962年、全集15巻104頁)、⑤朔太郎の声(1975年、全集15巻385頁)、⑥朔太郎派または人工の音楽(1975年、全集15巻314頁)
    ・中村真一郎:『近代の詩人第7巻 萩原朔太郎』(1991年 、潮出版社)の中の『氷島』の解説 
    ・坂巻康司:萩原朔太郎とボードレール(2016年、『近代日本とフランス象徴主義』209-231頁、水声社)

    (1-2) (二)で「『郷愁の詩人与謝蕪村』を取り上げたのは、加藤周一の『日本文学史序説』に、「朔太郎の散文としてもっとも見るべきものである。」とあるため。(『日本文学史』序説 下』431頁、筑摩学芸文庫1999年)
    (三)でボードレールを取りあげた理由は、①福永の「朔太郎派または人工の音楽」に、「萩原朔太郎をフランスのボードレールに類えて、例えば日本のボードレールなどと呼ぶ呼び方があるらしい。[中略]確かにこの二人の間には色々の類似点があって、それを研究することは(相違点を数えることも含めて)面白い研究課題になりそうである。」とあるため。また②朔太郎の『新しい欲情』「作品番号54 シャルル・ボドレエル」に、「私のボドレエルに対する燃えるが如き愛がある。」とあるため。
     
    2.福永の氷島論を軸として朔太郎の『氷島』を読むとは、(四)の諸家の註釈の中で、特に福永の氷島論に沿って(を重視して)読むことであると考えた。

    3.萩原朔太郎の主な詩集
    (3-1)萩原朔太郎(1886-1942)の詩集発行年 (『氷島』の朔太郎の詩集全体における時間的位置の確認)
    ①『月に吠える』1917年   ②『青猫』1923年   ③『蝶を夢む』1923年   ④『純情小曲集』1925年
    ⑤『萩原朔太郎詩集』1928年 ⑥『氷島』1934年 ⑦『定本青猫』1936年 ⑧『宿命』1939年

    (3-2)補足
    ③『蝶を夢む』:前篇32篇(『青猫』の選にもれた詩) + 後篇24篇(『月に吠える』の拾遺の詩) + 散文詩4篇 (初出44篇)
    ④『純情小曲集』:愛憐詩篇18篇 + 郷土望景詩10篇 + 郷土望景詩の後に6篇:1篇を除き文語体詩
    ⑤『萩原朔太郎詩集』(第一書房)204篇:①~④の詩集の一冊本の全集 + 新しい詩21篇(青猫(以後))
    ⑧『宿命』:散文詩 (6篇を除きアフォリズム集から選出)+ 抒情詩(『青猫』『氷島』『定本青猫』から選出)

    (3-3)朔太郎の詩の初出年と文体
    朔太郎が詩集にまとめた全ての詩を制作順(雑誌発表順)に並べて口語体/文語体の区分をしてみると、朔太郎がどのように
    して文語体詩→口語体詩→文語体詩に変化したか、その経過が分かる(区分表は省略)。
    ・朔太郎の詩の制作期間(雑誌発表期間):1904~38年(34年間)
    ・文語体詩の制作期間:①1904~15年 ②1925~38年
    ・口語体詩の制作期間:1914/15~27年(12~3年)
    ・1925~27年は口語体詩と文語体詩の両方を作っていたと思われる。
    ・口語体主体の詩集:①,②,③,⑤,⑦,⑧
    ・文語体主体の詩集:④,⑥
    ・朔太郎は口語体詩で有名で、口語体主体の詩集が6つあり、文語体主体の詩集は2つと少ない。しかし、文語体詩制作の期間の長さ(20数年)から考えて、制作した文語体詩もかなり多いことが推定される。実際、筑摩版の全集で詩集と拾遺詩編を調べると、散文詩を除く抒情詩数は口語体詩が200篇強、文語体詩が160篇強であった。

    4.福永の氷島論の要点
    (4-1) 「萩原朔太郎の肖像」と「「氷島」一説」によって、『氷島』,『月に吠える』,『青猫』の特徴と『氷島』に関する福永の見解をまとめると以下のようになる:

    ① 福永による朔太郎の3つの詩集の比較

    詩集名

    刊行年

    文体

    特徴

    備考

    林による補足

    月に吠える

    1917

    文語体 + 口語体

    直観重視、病者の世界、生への恐れ

    処女詩集

    55篇、全ての詩で句読点を使用

     

     

     

     

     

     

    青猫

    1923

    口語体

    観念重視、生への敗北の告白

    和歌的(詩情が感傷的)

    55篇、全ての詩で句点を使用

     

     

     

     

    独特の擬声語の使用

    (句点の数は少ない)

    氷島

    1934

    文語体漢語調

    漂泊者の視線、絶叫、人生に対する怒り

    俳句的(静かに落ち着いて物を凝視)

    25篇、全ての詩で句点を使用

     

     

     

     

     

     

    宿命

    1939

    口語体が主体

     

    散文詩を詩集としてまとめた

    散文詩73篇、抒情詩68


    ②「私は「氷島」が朔太郎の昇りつめた絶頂であると思い、」(「「氷島」一説」、以下同じ、全集15巻342頁)
    ③「それ[氷島]は作者の精神内部の極北地帯に存在する「氷山の嶋々」であり、」(全集15巻343頁)
    ④「主人公は「影」であって作者自身ではない。」(全集15巻344頁)
    ⑤「二十五篇の詩は詩人の影が或いは都会を、或いは郷土を、さまよい歩くのを詩人その人が見詰め、歌い、嘆いた作品ということになるだろう。」(全集15巻346頁)
    5.『氷島』 
    (5-1)構成
    ・全部で25篇の詩が含まれている。                    
    ・1925年2月の上京後の詩(郷土望景詩(A))と1929年7月の離婚後の詩に分けられる。
    ・1930/31年に発表された詩が14篇で、郷土望景詩以外の20篇の詩の7割を占め、この詩集の主な部分を構成し、これらの詩は離婚直後に制作されたと推定される。(朔太郎は1925年2月に上京、1929年7月に離婚,帰郷、1930年10月に再上京。)
    ・Aの詩篇は東京で故郷の前橋のことを歌い、Bの詩篇は故郷で東京の生活を歌い、Cの詩篇(「國定忠治の墓」)は故郷で故郷のことを、Dの詩篇(「虎」、「地下鉄道にて」)は東京で東京の生活を歌っていると考えることができる。また、「地下鉄道にて」は詩篇小解の恋愛詩四篇に1930-1932年制作とあり、分類Bに属するとも考えられる。

    『氷島』の詩篇初出年と詩篇数

    初出年

    詩篇数

    分類

    1925

    4

    A

    1926

    1

    A

    1929

    2

    B

    1930

    4

    B

    1931

    10

    B

    1932

    1

    B

    1933

    2

    C,D

    1934

    1

    D(B)


    (5-2)主題
    ・福永:「二十五篇の詩は詩人の影が或いは都会を、或いは郷土を、さまよい歩くのを詩人その人が見詰め、歌い、嘆いた作品 ということになるだろう。」
    ・「永遠の漂泊者」の歌
    ・萩原葉子:「妻に裏切られ人生に敗北した朔太郎の絶叫」(「父への手紙」、『新潮日本文学アルバム』萩原朔太郎1984年)

    〇主題に関連して、この詩集が私の魂に訴えてくるもの:
    ・いづこに家郷はあらざるべし。/汝の家郷は有らざるべし!(「漂泊者の歌」)
     強い言葉で、胸に迫る。

    (5-3)『月に吠える』,『青猫』との比較
    ・『氷島』の詩を音読すると、『月に吠える』,『青猫』の詩と比べ非常に調子・心地がよい。文語体であるためか?

    (5-4)私が最も感動した詩の1つは以下に示す「帰郷」で、郷土望景詩を除いた『氷島』はこの詩から始まったと考えられる。

    わが故郷に帰れる日/汽車は烈風の中を突き行けり。/ひとり車窓に目醒むれば/汽笛は闇に吠え叫び/
    火焔(ほのほ)は平野を明るくせり。/まだ上州の山は見えずや。/夜汽車の仄暗き車燈の影に/母なき子供等は眠り泣き/
    ひそかに皆わが憂愁を探れるなり。/嗚呼また都を逃れ来て/何所の家郷に行かむとするぞ。/過去は寂寥の谷に連なり/
    未来は絶望の岸に向へり。/砂礫のごとき人生かな!/われ既に勇気おとろへ/暗憺として長(とこし)なへに生きるに倦みたり。/
    いかんぞ故郷に独り帰り/さびしくまた利根川の岸に立たんや。/汽車は広野を走り行き/自然の荒寥たる意志の彼岸に/
    人の憤怒(いきどおり)を烈しくせり。

    6.補足 「蕭條」について
     前回の7月の例会で、福永の詩「櫟の木に寄せて」の中の「肅條として」は「蕭條として」の誤植であるように思われますと報告しました。9/24の例会で、Miさんが福永武彦・編『萩原朔太郎詩集』(1964年、大和書房)を回覧されました。この本の『氷島』「國定忠治の墓」を見ると、「冬の蕭條たる墓石の下に」と草冠付きの「蕭條」と記載されています。すなわち、『氷島』初版の「國定忠治の墓」の「肅條たる」の正しい表記が「蕭條たる」であるとことを、1964年時点で福永が認識していたことがわかります。従って、『文藝』1975年11月号と1976年刊行の『櫟の木に寄せて』で、「櫟の木に寄せて」のなかの「肅條として」という表記が、いずれも「蕭條として」の誤植であったことが確認されました。 
 ○Miさん詩句を訂正することに関して、若干の感想。
  •  今回採り上げた『氷島』の書誌的事項は、既に当会HPのブログ「玩草亭日和」の「福永武彦本問答」第16回に、初版本・再刷本とも画像入りで記してありますし、また、第17、第18回にも、関連事項と『氷島』収録詩篇に対する簡単な感想を記してありますので、ここでは省略します。
     Haさんより提出された、詩篇「國定忠治の墓」の終りから2行目の「肅條」が「蕭條」の間違いであろうという推論に対しては、やはり当会HP「掲示板」上で多少Haさんとやり取りしましたので、まずはそちらを御覧ください。ひとつ付け加えておくと、Haさんがあげた、朔太郎の詩集『宿命』(創元社 1939.9)の「荒寥たる地方での會話」で「蕭條」が使用されているという他にも、同書の「墓」の最初と最後の節でやはり「蕭條」と記されています。
     例会当日は「國定忠治の墓」初出の朔太郎個人雑誌「生理1」の復刻本と、福永武彦編『萩原朔太郎詩集』(大和書房 1964.11)を持参し、前者では「肅條」、後者では「蕭條」と記されていることを確認しました。その福永の解説文中に「文字遣いは原文になるべく忠実にし、旧仮名を用い、ただ明らかな誤りと思われるところは訂正した。作者独自の文字遣いのうちあまりに極端と思われるものは、やはり訂正した」とあります。
     従って、Haさんの上記6の推論(「櫟の木に寄せて」に関して)に、ほぼ同意します。ただ、確定はできません。確定するためには、やはり最終的には「櫟の木に寄せて」の原稿を確認しなければならないと思います。

     むしろ私は、この「肅條」の件を離れて、朔太郎「独自の文字遣い」を、福永が編集過程で「訂正」したと記している点に注目します。
     朔太郎詩篇に於ける独自の文字遣いを訂正するというのは、容易ならざることでしょう。言うまでもなく、詩篇の一語のもつ重みは、小説の比ではありません。一語の選択・配置は、その詩篇全体に響き、その「訂正」により、ミクロコスモスが破壊、変質される懼れがあります。
     それをあえて行うのであれば、その前提として、福永が朔太郎詩篇の文字遣いを知悉していなければならず、更にその世界をよく知るばかりでなく、自らもその世界を体験し、生きねばなりません。その自覚なくして、詩句の「訂正」がなし得ぬことは、福永自身が最もよく知るところでしょう。
     おそらく、それをなさしめたのは、福永の朔太郎に対する深い敬愛の念と同時に、詩の実作者としての切実な体験の故でしょう。『福永武彦詩集』(1966)の掉尾を飾る詩篇「北風のしるべする病院」は、この朔太郎詩集の出た年の3月に発表されていますので(雑誌「本」)、この1964年で、福永の詩の創作は、ほぼ終っています(『櫟の木に寄せて』を除いて)。自己の確たる世界を築きあげた詩人の眼をもって、朔太郎詩集の編集はなされたのです。
     一方で、人文書院より福永単独編輯で刊行された『ボードレール全集』(全4巻 1963年5月~1964年6月)は、福永の学者としての厳しい眼がその隅々まで貫いていることはもちろんですが、その同じ厳しい眼で、この朔太郎詩集の編集をしている点も見逃してはならないでしょう。
     ただし、福永編集の朔太郎詩集は、現在の筑摩版全集などと比較して、詩句は底本により忠実で、手入れは多くはなく、全集版が「誤字・誤植」として訂正している詩句も、底本ソノママにしている詩句が多いこと、このことも同時に指摘しておきたいと思います(*文末「重箱の隅 6」を参照。)
     なんにせよ、詩の実作経験のない研究者は、朔太郎の詩句を「作者独自の文字遣いのうちあまりに極端と思われる」という理由で「訂正」することは、おそらくなし得ない。いや、してはいけない。私は、そう考えます。
    むしろ、文字遣いのあまりに極端な詩句があれば、そこに注目し、そこに朔太郎詩の特質の一端を見出すべきでしょう。もちろん、このことは福永詩篇を検討する際にも当てはまることです。

     例会では最後に、朔太郎自身の自作朗読CDを流しました。1937(或は38 筑摩書房版全集「年譜」には記載無し)年に録音された、当時50代前半の朔太郎がやや早口で朗読する「乃木坂倶楽部」「火」「沼澤地方」の3篇を聴いていると(皆で、2度ずつ聴きました)、朔太郎の孤独が、寂寥が、真に胸に迫ってきたのは、私だけではないと思います。

     *会誌第10号、11号、12号に掲載した随筆集6冊各々の「人名索引」「作品名索引」は、集団討論の準備として、実に有用であることを強調しておきます。
     萩原朔太郎に関して、福永がいつ、どの随筆中で言及しているかがたちどころに判明します。題に朔太郎の名を掲げていない随筆でも、例えば「川上澄生さんのこと」、「高橋元吉の泉」、「犀星歿後十五年」そのほか、10編以上の随筆で触れられています。福永の朔太郎親炙の度合いを、このことひとつからでも窺うことが出来るでしょう。
【当日配付資料】
 ①「萩原朔太郎『氷島』(福永の氷島論を軸として)についてのメモ」A3片面1枚+A4片面1枚
 ②萩原朔太郎原稿複製「漂泊者の歌」               A4片面2枚
 ③ 同       「我れの持たざるものは一切なり」      A4片面1枚
 ④萩原朔太郎詩篇「我れの持たざるものは一切なり」・「虚無の鴉」のァ初出稿(1927「文藝春秋」)、ィ『現代詩人全集第九巻』収録稿(新潮社 1929)、ゥ『氷島』稿(1934)、ェ福永武彦編『萩原朔太郎詩集』(大和書房 1964)稿 A3 両面1枚
 ⑤萩原朔太郎朗読詩篇 「乃木坂倶楽部」「火」「沼沢地方」    B4片面1枚
  資料提供:①Ha ②~⑤Mi

【回覧・閲覧資料】

 ①『氷島』オリジナル再版本(第一書房 1936 阿部金剛装幀)
 ②『氷島』自筆草稿複製原稿(冬至書房 1968)
 ③萩原朔太郎『宿命』初刊本(創元社 1939)
 ④ 同 未来社新刊本   (未来社 2013 解説 粟津則雄) 底本は創元文庫版(1951)
 ⑤ 同 ゴマブックス版オンデマンド本(ゴマブックス 2016)
 ⑥ 福永武彦編『萩原朔太郎詩集』(大和書房 1964)
 ⑦ 萩原朔太郎自筆歌集「ソライロノハナ」複製本(発行日本近代文学館 制作ほるぷ出版)
 ⑧ 萩原朔太郎自家版「生理」第1号、第4号、第5号(近代文藝復刻叢書 冬至書房 1979)
 ⑨ 萩原朔太郎、室生犀星、北原白秋、斉藤茂吉、釈迢空ほか自作朗読収録CD(日本コロンビア SP盤復刻 1998))
 ⑩ パンフレット「馬込文士村」
  資料提供:①~⑨Mi、⑩Ma
◇第165回例会以前の例会報告
  例会報告のページをご覧下さい。

 
  

  •  福永武彦研究会  三坂 剛   メール misaka@siren.ocn.ne.jp
                      Fax  044-945-0666




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